目覚めたら、江戸時代
その数時間後に目を覚ましたあたしは近藤さんから長い長い説教をくらった。女の子なんだからもっと自分を大事にしなさい!と涙目で訴える彼には若干引いてしまった。少しほっこりした自分には気付かないふり。
説教の次は状況説明だった。近藤さんの話を纏めると、今は江戸時代で十四代目将軍や天子様の治める世。
そしてここは大江戸の町にある真選組の屯所。夜の巡回の途中で浪士達に混じって血塗れで倒れているあたしを見つけて、保護してくれたとのこと。
少し間をおいて言われた、攘夷志士と繋がりがあったのかという問いに否定を示す。次いで、君の事情を話してもらいたいと言う近藤さんに、少し迷ったけれど今度は頷く。
とは言っても、全て正直に話すほど馬鹿でもない。未来から来たなんて突拍子もない事を言えるはずもないので、思い付くままに嘘の経緯を話した。
「あたしは…僅かな情報すら入って来ないような、ほんとに小さな村の生まれなんです」
両親と早くに別離し、町から来たという料理人に弟子入り。その人…親方の元で料理の修行をする傍らで、村で唯一武術を心得ている人に空手と合気道を教わった。
しかし先月、あたしの親代わりでもあった親方が亡くなりショックで何も手につかなかった。
「…そんなあたしを見かねたのか、村の皆が町に出たらどうかって言ってくれたんです。あんたの腕なら料理人としても武術家としてもやっていけるからって、裕福でもないのに旅費をくれて…って近藤さん!?」
我ながらよくできた嘘だよなぁと思いながらつらつらと話す。と、いつの間にか近藤さんが号泣していた。びっくりしすぎて開いた口が塞がらない。
「そんなに若いのに苦労したんだな…!」
「ま、まぁ…それでこの町に来たんですが、行く宛もないまま宿でも探そうかと思ってる時にその浪士とやらに襲われて…」
「それで今に至るってことか」
「はい」
あたしが頷いて暫く、近藤さんは何か考えるような仕草をして黙りこんだ。あたし一体どうなるんだろう…怪我が治るまではここに置いてもらえるだろうけど、その後は?
知り合いなんて人もいるはずないし、頼れる宛もない。
……八方塞がりってやつ?
「うーん…桜さん」
「はい?」
「家事と格闘技が得意なんだったよね?」
唐突に訊かれた内容に目を白黒させながら頷く。それがどうしたっていうんだろう?
けれどその後に続けられた言葉はあたしを更に驚かせるものだった。
「君が良ければ、なんだけどね。ウチで住み込みの女中として働かないかい?」
「……えっ」
「まぁ隊士以外の人間を住まわせる訳にいかないから、女中兼隊士って形になるんだけど…行く宛がないならどうかな?」
「い、いいんですか!?」
願ってもない提案に勢い良く飛び付く。寝たままだけど。そんなあたしに近藤さんはああ、と首を縦に振ってくれた。
「ウチとしても家事をやってくれる人が欲しかったんだ。ここは男所帯でムサいし、人数も多いから大変だとは思うけど、やってくれると嬉しいな」
「いや、寧ろこちらこそ…!ありがとうございます!」
「隊士としても働いてもらわなければならないし、戦いに赴くこともあるよ。それでもいいのかい?」
あたしが女だから気を使ってるのかな。でもそんな心配はいらないんだよね。だって…
「はい。だってあたし、合気道も空手も師範曰く段取れるレベルらしいですから」
「え。もしや桜さん、相当強い…?」
「今回は夜で視界が悪い上に、ちょっと油断しててやれちゃいましたけど…えへ」
焦ったような近藤さんに、ちょっと待ってまさかあの浪士達を伸したのって君なのか、討ち入りに参加とかになってもいいのかとか矢継ぎ早にいくつも質問された。質問の内容は全部あってる事だったので、コクコクと頷く。
「いやー、驚いた!けど頼もしい限りだ!これからよろしくな、桜さん!」
「はい!よろしくお願いします!」
過去へのタイムスリップなんて不安だらけだけど、とりあえず住む場所と仕事は見つけた。この真選組の中で頑張って生きていこうと、布団の中で決めた夕方なのでした。