Destination-07
授業が終わり、生徒がぞろぞろと教室から出ていく。
なまえとエミリアの次の授業は魔法史だ。
席に座ると、2日前のまま机の上には例の問題が残っていた。
「エミリア、ちょっといい?」
ん?っと笑顔で振り向く彼女。
しかし目はとろりとしていて、もう眠る体制バッチリだった。
どうやら彼女を含む大多数の生徒は、『魔法史の教室』に入るだけで眠気に襲われる様だ。
「ホグワーツで一番高い塔は天文台のある塔よね?」
「うん、そうよ。その次は北塔かなぁ・・・」
「スリザリンの寮って天文台の下にある?」
「んーっと・・・」
エミリアは人差し指をあごに当てて考え始めた。
多分ホグワーツ城の立体図のようなものを思い浮かべているのかもしれない。
「いや・・・どうかなぁ、入り口は別だけど。寮に少し奥行きがあったら真下に位置するところもあるかもしれないね」
「そうかぁ・・・」
実はなまえも、スリザリン寮で待ち合わせというのはいくらなんでもあり得ないと思っている。
一番考えられるのはユグドラシルの根元。
つまりホグワーツで一番大きく高い塔の付近だ。
しかし、地下にスリザリンの寮がある場所でなければ正解の可能性が低い。
ため息を吐くなまえをエミリアは心配そうに覗き込んできた。
「やっぱり悩んでるの?」
「う〜ん。あんまり確信が付かないの」
「今日授業が全部終わってから、あっちこっち散策してみる?」
なまえを元気付けるいつもの笑顔で提案するエミリア。
「そうね、ありがとう・・・」
そのまま順調に事が進めばよかったのだが。
その日の一番最後の授業『闇の魔術の防衛術』で課題が出された。
期限は明後日。
2日で終わらせるだけでもなかなか困難な内容だが、なまえにとってはもっと厳しかった。
明日はシリウスと会う約束がある。
出来れば今日、全て終わらせなければならない。
薬草学のレポートも残っていた。
放課後の予定は已む無く取消しになる。
なまえは夜中まで談話室に残ってレポートをまとめる羽目になった。
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時計の針はそろそろ7時半を指す。
なまえはエミリアと大広間で夕食を取っていた。
気になるのは、魔法悪戯仕掛け人4人組の姿が見えない事。
リリーだけは他の女子生徒と一緒に夕食をとっている。
少し視線が合った時に、軽くウインクをされた。
今日だというのは間違いじゃないらしい。
なまえは残りのセイロンティーを全て飲み終えると、静かに席を立った。
「そろそろ行ってくる」
「私も行こうか?」
結局力になれなかったと落ち込んでいるエミリア。
でもなまえにとっては十分力になっていた。
「ありがとう、でも大丈夫」
まだ賑やかな大広間の扉を静かに閉めた。
大理石のホールはひんやりとして心地よい。
なまえは歩き始める。
向かう場所は天文台の塔の下。
結局詳しい事は調べられなかったのだ。
しかもレポートもまだ完璧に終わったわけじゃない。
しかし不思議な事に、すべてが何とかなるんじゃないかという気持ちが自然と沸いてくる。
しばらく歩くと、今までに見たことの無い光景に包まれた。
天文学の授業を選択していないなまえは、この塔に近寄るのは初めてだったのだ。
幅の広い廊下が延々と続き、その中腹に上へと続く階段があるはずだとエミリアが言っていた。
彼女の言った通り、そこの部分だけトンネルの入り口の様にぽっかりと空いた空間があり、上へと続く長い螺旋階段があった。
階段の手すりなどは木製で、紅くて黒っぽい絨毯が上へ段々と続いている。
でもなまえは階段には用が無い。
この付近に何か無いか、辺りを隈なく見渡していた。
改めて見渡すと本当に気味の悪い廊下だ。
一定の間隔で石のモチーフが不気味に配置されている。
人気も無く、天文学の授業以外でこの廊下を通る生徒は少ない事に察しが付いた。
一番近くにある石像は水棲の生き物を象っている様だ。
上半身は馬、下半身は魚、綺麗といったら綺麗だが。
「いわゆる水馬ってやつかなぁ・・・」
あごに手を当てて繁々と眺めるなまえ。
近づいてみて不思議な事に気がついた。
その像の尾びれの先端は、摩擦か何かが原因で削られているのだ。
ちょうど石の壁に接している部分だからなのだろうが、この削れ様は異常だ。
その尾びれと接している石壁も、その部分から床との境目まで直線的に傷が付いていた。
『荒れ狂う海では水魔さえも沈む』
一番最後の文章。
なまえはしゃがんで石畳の廊下に目をやった。
このあたりだけ妙に暗いので随分顔を近付けなければよく見えない。
当たりだ、その像の周りだけぐるりと石に切込みが入っている。
「この石像だけ何かの仕掛けで下に動くのか・・・」
豪勢に振り上げられた水馬の蹄に手をかけて思いっきり体重をかけてみる。
「んーしょっと・・・無理か」
こんな重労働をしなければ動かないと端から思ってはいないが、ビクともしない石像にため息が出る。
時計を見ると7時50分。
もう時間が無い。
何でもいいから怪しいものは無いかとさらに辺りを見渡す。
さっきからちょっと気になっていたけど、この辺りだけ妙に暗い気がする。
顔を上げると目に入ったのは壁に掛けられた松明。
何故かそれだけ火が灯されていない。
「あ、最後のアレかな。“ケーナズ”のルーン・・・“火”」
そうと解れば、胸ポケットに仕舞っていた杖を取り出し、勢い良く振り上げた。
「ウィンガーディアムレヴィオーサ!」
一番傍にあった他の松明から一本だけを引き抜き、例の松明に移動させた。
しばらくすると火が燃え移り、辺りが明るく照らされる。
ズズズズ....
なまえの目前で水馬の像が石畳の廊下に引きずり込まれていく。
ガリガリと尾びれを削りながら・・・
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「ねぇねぇ、シリウス。なまえは無事に来れるかなぁ?」
胡桃パンを頬張りながら悪戯っぽく笑うジェームズ。
「なまえなら大丈夫じゃない?」
リーマスはかぼちゃジュースを一口飲んで床に置く。
「今日のご飯ミートプディングだったのに・・・」
小さくため息をつくピーター。
石壁に囲まれ、ランプの明りに照らされた部屋。
地べたに座り込む4人の影。
ふと遠くから石の擦れる音が聞こえて来た。
「!」
立てていた左脚のひざから不意に顔を上げるシリウス。
「あはは、なまえ来れたみたいだね〜」
「よかったね、シリウス」
「もう帰っていいの?」
3人の影が別の出口から出て行く。
ひとり残ったシリウス。
見上げる空に月は無く、蒼い瞳は鈍く漆黒に光る。
「シーリーウスv」
ひょこっと覗く金色のめがね。
「お前、さっさと帰れよ」
まだいたのかよと呟くシリウスにジェームズはバスケットを渡す。
「なまえと一緒に食べなよ。リリーが焼いてくれたんだ」
パッチワークが掛けられたバスケットからはアップルパイのいい匂いがする。
「じゃあね〜頑張れよ。シ、リ、ウ、スv」
後半の声が妙に色っぽかったのはこの際気にしない。
しばらくすると別の入り口から微かに明かりが差し込んできた。
まず最初に光る杖先が見えて。
その次に細い手首が顔を出す。
シリウスは傍らにおいていたもう一つのランプにも火を灯した。
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