Destination-06



その蒼い装丁の本は、例の図書室の件が起きた日になまえがシリウスと読んでいた本だった。
明後日に提出しなければならないレポートで必要な本だが、まだ図書室には近寄り難いので困っていたところだ。




「なまえ、要らないの?」

しばらく本の表紙と睨めっこしていたなまえに、エミリアが囁いた。
それでも身動き一つしないなまえを舐める様に見ると、彼女は本の表紙をぱらぱらと捲り始める。

「あのね、この本の中にはメモが入ってるの」

本を捲る手が止まると、彼女は羊皮紙の紙切れをページの間から抜き取った。

「これも要らない?」

いたずらっぽく微笑んでひらひらと羊皮紙を揺らす。

「もぅエミリア・・・」

「素直じゃないからよ」

フフフと笑って、彼女はなまえに羊皮紙の紙切れを手渡した。


------ もう一度話がしたい  ------



ただ一言それだけが書いてある。


もう一度・・・


ここ数日、ずっと考えないようにしていた。

でも

後ろめたい事はいつも不意に思い出されて、一瞬でその時の罪悪感に体中が浸ってしまう。


やっぱりこのままじゃダメなのかな。



「・・・話って、いつどこで?」

なまえは上目遣いでエミリアを見つめる。

「それね、私も先輩に聞いてみたの。でも詳しくは教えてくれなかったよ。その本を受け取った時、正直なまえには渡さないで私が先輩と話しに行こうかなって思ったんだ」

目を丸くするなまえに、エミリアはへへっと笑う。

「あんな事した人に無理やりなまえを会わせるのなんて気が進まないし、説教してやろうって思ったんだけどね・・・私の勘違いだった。面白半分じゃないのかもしれないよ」


エミリアの言葉を聞いて、何ともいえない感情が沸き上がる。
最後に見せたシリウスの表情がスライドの様に脳裏に浮んだ。



「私、シリウス先輩の事。まだ良くわからないの」

「そう?私、なまえは彼の事が意外と好きなんじゃないかなって思ってるんだけど」

「えぇっなんでそうなるの?」

歩みを止めてエミリアをすがる様に見つめた。
なまえよりも少し身長の高い彼女は、此方を見下ろす形になる。

「いや、好きとは限らないかもしれないけど、意識してるんじゃないかなって・・・」

「そんなことないよ。シリウス先輩は・・・苦手って言うか、どう接したらいいのか全然わからないし」

なまえはシリウスが傍にいると妙に構えてしまう。
現にその場面に彼女も居合わせている筈だ。

「なまえって、人と話すときに毎回そんな事気にしてるの?」

驚きと呆れが入り混じった表情でエミリアが見つめる。

こくりと頷くと、はぁっという大きなため息で返された。


誰だって傷つきたくは無い。

なまえの場合は自分が傷つきたくないから他人も傷つけない。

子供の頃から、人と接する時は常に自分に置き換えて考える癖が付いていた。
自分の行動や発言で、他人に嫌な思いはさせない様にと。

それはもうどうしようもない自分の性質だ。

「あたしと初めて話したときも、そんなこと気にしてたの?」

恐縮しているなまえに少し気を遣っているのか、エミリアは声のボリュームを下げて静かにたずねてきた。

「うん、最初は・・・でもエミリアとは直ぐに打ち解けたでしょ?」
「シリウス先輩とは打ち解けられないって事?」
「そういうわけじゃないけど」

二人はしばらく黙り込み、短い沈黙が流れた。

廊下に伸びる2つの影も、今は絵のように固まっている。

沈黙を破ったのはエミリアの方で、ゆっくりと息を吸い込むと静かな瞳でなまえを見つめた。

「逃げてるだけじゃ打ち解けられるわけ無いじゃない。話してみないと相手の事がずっとわからないままだよ」

「まともに話が出来ないから自信が無いよ・・・今までそんな機会なかったし」

「じゃあ、落ち着いて話せる機会があったら今度はちゃんと話せる?」

「・・・うん」

よしっと頷くと、エミリアは持て余していた蒼い本もなまえに渡した。


「でも、場所は?場所とか時間が全然書いて無いみたいだけど」

なまえの言葉にエミリアはえっという表情を見せた。


「場所はもう知らせてある、なまえは賢いからきっとわかるって言ってたけど?」




大きな音が廊下に響き渡る。


なまえが急に立ち止まり、本を廊下に落としたのだ。






そこから水紋のようにじわじわとこだましていった。






*****************************


時間が無いと言って走り出したエミリアの後を追いかけながら。
なまえは思考が停止しそうな頭を必死に働かせていた。

石畳の廊下に響く二人の靴音に合わせて、ここ一週間あまりの記憶が断片的に剥がされていく。



ルーン文字の問題を出していたのはシリウス・ブラックだったのだ。


前方を歩くグリフィンドール生の集団に、息を切らしながらもやっと追いついた。
変身術の教室では先生が今日の授業で使うコウモリの籠を数えているところだった。

なまえはエミリアと一緒にいつもの席に腰を下ろす。
しばらくしてから授業が始まったが、なまえは先生の話をほとんど上の空で聞いていた。

今日は実習の日でコウモリを真鍮の目覚まし時計に変えるという課題だ。

なまえは古代ルーン文字学に続いて変身術も得意なので、先生の開始を告げる掛け声とともに、杖一振りでコウモリは目覚まし時計に変わった。

教室の照明をキラキラと反射する真鍮の目覚まし時計を眺めながら、なまえはまた思考を展開する。



意識的に思い出さなくとも、例の文章は頭の中に焼きついていた。


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月の無い夜に雷鳴が轟く

世界樹の根元で無限の蛇が起き上がり

荒れ狂う海では水魔さえも沈む

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この文章はシリウスと待ち合わせる場所と時間を表している。


一行目の『月の無い夜に雷鳴が轟く』
これは初めて一瞥した時も思ったことだが、日にちを表しているのだろう。

月の無い夜とはそのまま新月の事、明日の木曜日がちょうど新月にあたる。

雷鳴が轟くというのは木曜日だという事を裏付けていた。
THURSDAYの語源の“THOR”とは雷神トールが由来だ。


二行目の『世界樹の根元で無限の蛇が起き上がり』
これについてはまだなまえも考え中。
無限の蛇という表現が妙にひっかかる。

無限・・・


なまえは自分が先ほど変身させた目覚まし時計を見ていた。
9時半を過ぎている。


秒針が長針を追い越して数字の8に差し掛かる。


・・・・・・!

突然の閃きで鼓動が早くなった。

ヨルムンガンドは自分の尾を口に咥えて眠りについている。
古代から尾を咥えた蛇は時間の循環。無限=∞を表す。
その∞が起き上がる・・・


シリウスと会うのは明日の午後8時と考えて良いだろう。


残りは場所だ。
この広いホグワーツ校内で虱潰しというわけにはいかない。

文面から、ホグワーツの地下にあると聞いているスリザリン寮の事を指されている気がする。
おそらくはスリザリン寮かその付近。

後は校内の事を良く知り尽くしているエミリアに聞いてみよう。


彼女はスリザリン寮のライナスと付き合っていたことがあるからだ。


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