Destination-04



「エミリアーまだ寝てるの?」

カーテンをめいっぱい捲って太陽の光が差し込むようにした。
といっても午後から雨になるという今日の曇り空じゃ、ろくな光も差し込まない。

「今日は朝ごはん要らない。眠いから寝かせてよー」

エミリアは昨晩遅くまで本を読んでいた様子で、枕元には赤い冊子が開きっぱなしだ。

「わかったよ。パンか何か持ち帰ってくるね」

「ごめんね、よろしくー」

エミリアを残して先に寝室を出た。
なまえは身支度が早い。
その日朝食に向かう時間が早いか遅いかはエミリアにかかっている。

彼女が寝坊した時は遅いし早起きした時は早い。

基本的になまえ一人だと毎日一番乗りになるくらいだ。
今日みたいな休日にはエミリアは朝食をとらない場合が多いので、なまえは時間をつぶす方法を決めている。

大広間とはまったく逆の方向の角を曲がると、風を切るような速さで歩き始めた。
今日は風が心地よくて冷たいので、それを肌に感じたかったからだ。


やがて目的の場所へと着いた。
いつも使い慣れた呪文で意図も簡単に鍵が開く。
周りには響かないようにゆっくりと扉を動かした。

魔法史の教室はカーテンが閉められていて薄暗い。

まず最初にカーテンを捲った。
斜めからさしている朝日はなまえが歩いた後を気持ちだけ照らして、舞い上がった埃を魔法でも使ったかのようにキラキラと照らしている。

自分の机に座るとさっそく引き出しの中に手を突っ込んだ。
引っ張り出したのは魔法史の教科書。

昨日は宿題が出た事を忘れて置きっ放しにしていたのだ。

エミリアの分も教科書だけは取り出した。
なまえは最後にもう一度引き出しの中を覗いて、あることを思い出す。

昨日の落書きの答えはどうなったのだろう?

机の上にフッと一息吹いて埃を払った。
焦げ茶色の机なので余計に見つけづらい。

やっと見慣れた自分の字を見つけた。
その下には今日も模様のような線が書かれている。



きっと誰か他の生徒がここに座っても、ただの落書きだとしか思わないのだろう。
もしこれがルーン文字だと解っても、意味を解読できる人は稀だ。

少し座り直してその文章に挑んでみた。
一番右まで視線を動かすとなまえは疑問符を浮かべる。

『君が良く知っている人だよ』

確かにそう書かれている。
なまえは再び文字一つひとつを追いながら、頭では思い当たる人物を一人ひとり辿っていた。

一息漏らして天井を見上げる。


しばらく時計の針の音を聞きながら少し乱れた教室の椅子を眺めていた。
ゆっくりと瞬きをする。

なまえは急に隣の椅子をずらして、引き出しの中からエミリアの羽ペンとインクを取り出した。

「スコージファイ」

小声で呪文を囁くと杖の先から出た黄金色の光で机の上の2列の模様は綺麗に消え去った。
少し躊躇いながら新しく一列の模様を書き足す。


『ごめんなさい。何かヒントを下さい。』





*****************************


あとどれくらいで皆は大広間に集まるかな。

そんな事を考えながら二階の廊下で中庭を見渡していた。
魔法史の教室とは反対側のこの廊下は、西側なので朝日がほとんど差し込まない。

鉛色の曇り空と灰色の石壁。

時間が止まったような面白みの無い風景で唯一心地よいのは、外から吹いてくるひんやりとした風と微かに聞こえる中庭の噴水の音だ。

その空間を破る様に有機的な笑い声が聞こえてきた。
少し高い位置にある窓に背伸びをして顔を近づけてみる。

鼻先が窓の桟にようやく着いた頃、中庭を歩いている二つの黒い影が見えた。

ジェームズとリーマスの様だ。
黒いローブを風に揺らしながら中庭を歩いている。

いつもより二人足りない。
そんな事を考えながら視線はリーマスを追っていた。
2週間ほど前は顔色が悪く元気が無かった彼が今は楽しそうに笑っている。

曇り空の間から朝日が差し込むのを連想しながらなまえは二人の背中を見つめていた。



「おはよう」


急に左から声が飛んできたので慌てて窓から離れた。
背伸びをしていたのでバランスを崩して少しよろめく。

「おはようございます」

「あはは、足を挫くぞ?」

そこに立っていたのは笑いながらこちらを見ているシリウスと、少し後ろに隠れている例のピーターだ。


「偉いね、勉強?」

「いいえ、忘れ物です」

まじまじと視線を動かすシリウスに持っていた教科書を見せた。

「へぇ・・・俺は付き添い」

そう言って後ろでコソコソしているピーターに左手の親指を向けた。
ピーターは例の朝食の件でなまえに引け目を感じている様だ。

「それじゃまたな」

二人は魔法史の教室に入っていった。




なまえも大広間へ向かって歩き出す。

何だか頭の奥で火花がパチパチ鳴っている気がする。
違和感を感じた。

気のせいだろうか。





*****************************


外は雨。
風で木々は微かにざわめいて石畳の廊下も何だかじめじめしている。

今日は授業が無いのでなまえは図書室にいた。
いつもの席に座って薬草の本を開く。


読み始めて数分たった頃だろうか、隣の椅子が少し動いた。

なまえは特に気にしないで視線は文字を辿り続ける。
黒いローブが擦れる音がして目の前にある本棚に白い手が伸びてきた。
何かの本を探している様子で、指先はラベルを一つひとつ追っている。

図書室は静かで時々話し声がぼそぼそと聞こえたり、床を歩く革靴の音がするだけだ。

テストも無いのに休日に本を読みに来る生徒は少ないのだろう。
なまえは外の雨の様子をうかがう為に顔を上げる。

目に飛び込んできたのはここ最近頻繁に見るようになった顔だった。

「シリウス先輩・・・」

「勉強?」

問いかけになまえは頷いて答えた。

最近の彼の急な登場は本当に心臓に悪い。
びっくりしてつい声を出してしまったじゃないか。

何も読んでいないみたいだけどこんなところで何をしているんだろう。
他に席は沢山あるんだから移動してほしい。

シリウスは頬杖をついてただ空を見ている。
なまえはどうしても気になるので本を借りて出て行くことにした。
そうと決めたからには直ぐに立ち上がる。

だがマダムピンスのいる方へ行こうとする意思とは反して体がぐいっと戻された。
左手をシリウスに掴まれたのだ。

「それ、借りるの?」

「はい」

「あのさ、その本俺もいるんだ」

何だそうだったのかとなまえは納得して、本をシリウスに差し出した。
アップルパイの御礼もあるのだ。

「それだとなまえが困るだろ?一緒に読もう」

「えっ・・・」

その方が自分にとっては困る事態なんだけどな。

「なまえ、眉間にしわが寄ってる(笑」

シリウスはさっきなまえが片付けた椅子をまた引いた。

「あの、大丈夫ですから。同じページを読むわけでも無いんだし、効率が悪いでしょ?」

「そっちに合わせる。悪戯に必要なだけだから全然気にしなくて良いよ」

シリウスはなまえを見ている目を逸らさない。
視線の預けどころに困ってきたのでなまえは仕方なく椅子に腰を下ろした。
こうなってはもう出来るだけ気にしないようにするしかない。

羊皮紙に必要な事をどんどんメモしていく。

「シリウス!」

背中から声が飛んできたので隣にいたシリウスが後ろを振り向いた。

「こんなところで何してるのよ」

「勉強。今良いところだから邪魔しないでくれないか?」

二人の後ろに立っていたのはグリフィンドールの7年生でスラリと背が高いジーナ。

何だかなまえが苦手なタイプの先輩だ。

「・・・エイミーが話があるって、談話室で待ってる」

体はシリウスに向けているが、目線は明らかになまえを煙たがっている。

「俺は何も話すことは無いよ。それでも話したいって言うなら、“ここ”で聴く」

相変わらずの自信たっぷりな表情だ。
案の定沈黙が流れる。

「最低。エイミーの気持ちも少しは考えたら?」
「考えてるよ。考えた上での結論だ」
「その結論に納得してないそうだけど?」

「あのっやっぱりこの本は先にシリウス先輩が借りて下さい」

なまえはパタンと本を閉じてシリウスに押し付けた。
同時に立ち上がって回れ右して帰ろうとした・・・のだが、シリウスは本を床に放り出して、立ち去ろうとするなまえの手をまた強く掴んだ。
バランスを崩したなまえは背中からシリウスに倒れ込む。

驚きと衝撃で目を瞑り、視界が閉ざされた。



次に視界に飛び込んできたのはシリウスの白い頬とシルバーのピアス。

飛び込んだというよりも、今のなまえの状態ではそれしか見えなかった。
唇に圧力を感じる。

息が出来ない。

「ん・・・」

上唇をぺロリとされてやっと冷たい空気がのどを通れるようになった。

「これが理由だ。エイミーにそう伝えれば良い」

なまえの位置からはシリウスの中途半端な横顔しか見えないのではっきりと解らないが、きっと相変わらずの表情なんだろう。

ジーナは目を見開いた後、今度は鋭い目つきになり、そのまま一度も振り返らずにスタスタと立ち去った。
なにやらブツブツと文句を言っていた様な気がする。

ジーナの姿が見えなくなったと同時になまえは足の力が抜けて床に膝をついた。

「うわっなまえ大丈夫か?」

シリウスも屈んでなまえの顔を覗き込む。

なまえは一度視線を上げたが、定まらずに床や椅子に移動する。
今度はゆっくり目を瞑った。



「ごめんな」

瞼を開くと同時に右から覗き込むシリウスを勢いよく払い除けた。

そしてそのまま早歩きで本棚の間をすり抜ける。
図書室にいる生徒は少ないが、それでも数人の視線が気になった。


廊下に出ると同時に走り出す。

顔を隠しているはずなのにすれ違う生徒が少し驚いているようだ。

でも今はそんな事を気にかけている余裕など無く、必死で足を動かした。

ホールから外に出ようとしたところで、急に背中のローブを掴まれる。


次に腕を掴まれ、腰を押さえられ、最後は身動きが取れなくなってしまった。
なまえと同様に後ろからも荒い息遣いが聞こえる。


そうか、すれ違う人が振り向いていた原因はこれか・・・


「ごめん、なまえ。でも風邪をひかせたくない」

さっきジーナを相手にしていた時とは全然違う柔らかい声だ。

---聞きたくない

なまえはシリウスの手を剥がそうと抵抗する。

「言い訳はしないよ」

1メートル前では土砂降りの雨が校庭へ続く階段に打ち付けていた。
跳ね返った雫がなまえの膝を濡らす。

全速力で走った所為もあるだろうが、頭がぼーっとして思考が定まらない。

湿った空気を吸い込んで何とか声を搾り出した。

「ひとりにさせて・・・」

瞬間的に離された手をほどいて、大理石の階段をなまえはまた走り出した。


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