Destination-01
麗らかな午後。
久しく空は晴れ渡り長閑な日差しは教室にも差し込んでいる。
魔法史の教室も今はその空気に包まれ、授業開始時には冴えていた生徒達の目もぽつりぽつりと閉じてきていた。
今になってはほとんど全員と言ってよいほど眠りこけている。
各々頬杖をつくなりうずくまるなりして、手に握られている羽ペンのインクはもうとっくに乾いているようだ。
なまえ・みょうじもその中に入るか入らないかしている最中だった。
最初はビンズ先生の話を熱心に羊皮紙にメモしていたが、どんどん羽ペンの動きは鈍くなっていき、字間違いを繰り返してあちこち黒いシミだらけになっている。
ビンズ先生の口には生徒達を眠らせる魔法がかけられているのではないかと疑いたくなるぐらいだ。
隣に座っているエミリアはもうとっくに崩れ落ち、羽ペンも手から離れたところに転がっていた。
その光景を見ているとなまえの眠気もよりいっそう強くなる。
普段は割りと平気なのだが、昨晩遅くまで課題に取り組んでいた所為もあって、何かに頭を使っていないと首から上がどこかへ飛んでいきそうだ。
なまえは教科書を手元に寄せてページをめくった。
一度一番下まで読み終え、次のページの一番上の行に視線をずらす。
フラフラしたなまえの視線は教科書の白と焦げ茶の机の境目にある、シミの様な物を見つけた。
何だろうと思って頭を前に動かす。
誰かが机に落書きをしているようだ。
いや
落書きだろうか
なまえはもう少しだけ近くで見てみた。
よく見ると落書きに見えたのその模様は、ルーン文字の羅列だった。
何故魔法史の教室にルーン文字・・・?
なまえは少し首を傾げたがちょうど良いものを見つけたと思う。
その文章はルーン文字をアルファベットに見立てたもので、最終的に何かのルーンを問われている問題のようだ。
文章の答えの部分は空欄になっていた。
なまえは視線だけを動かして周りの様子をうかがった。
周りの生徒は皆居眠りをしていて、5列前の教卓の前に座っているビンズ先生は、なまえや居眠りをしている生徒の事などまったく気にかけない様子で淡々と説明を続けている。
都合の良い目覚め薬を見つけたなまえは、インクのビンで羽ペンの先を隠しながらその答えを書き込んだ。
少し難しめの問題だったが、学年でも成績の良い彼女は何の障害も無く答えを見つけることが出来た。
インクが乾くのを待ちながら落書きの主を考察してみることにした。
古代ルーン文字の授業を取っている生徒は限られている。
選択できるのは3年生から7年生なのでその間に属していて、なおかつ多少の学力がある生徒だろう。
古代ルーン文字は難しいとして不人気の教科なのだ。
選択している生徒は少ない。
ここに書かれている問題は7年生の問題だ。
7年生が書いたと考えるのが一番普通だろう。
そんな事を考えているうちにインクは乾き、なまえは少しこすって傍からは分かり難い様に細工した。
一仕事終わったと同時に授業は終わり、さっきまで熟睡していた生徒もビンズ先生の「終わり」と言う言葉でパチリと目を開けた。
皆、背伸びをしたり欠伸をしたりして次の授業への移動を始める。
なまえも羊皮紙の束を折りたたんで教科書に挟んだ。
次の薬草学の教室に行くためにエミリアと廊下を歩き出す。
「食事の後って何でこんなに眠いのかしら・・・」
さっきまで爆睡していたエミリアは大きな欠伸をしながら言った。
「あぁそれはね、ご飯の後は血液がほとんど・・・」
説明に意識を集中していたなまえは右の角から人が来ている事に気付かずタイミングよく肩をぶつけてしまった。
「あ、ごめんなさいっ」
慌ててペコリと頭を下げて、顔を上げる。
なまえの目に入ったのは、一回り背の高い黒髪の男子生徒。
校内でも有名なシリウス・ブラックだ。
隣で慌てるエミリアを尻目になまえはカチンと固まる。
なまえは彼が苦手なのだ。
苦手というほど良く知っている訳でもないが、悪戯ばかりしているという噂もある。
何を言われるのだろうとかまえていた。
「あぁ、ごめん」
シリウスはそう言って、微笑みながらなまえの肩をぽんと叩く。
そしてそのままジェームズ・ポッター達と魔法史の教室に入っていった。
シリウスの姿が見えなくなって、やっとなまえは元に戻る。
「なまえ、さっきの人ってシリウス先輩だよね?!」
エミリアは興奮した様子でなまえの背中をバンバン叩いてきた。
「・・・あぁ、うん」
「笑いかけられたよ〜羨ましい!」
なまえは気付かれないぐらい小さくため息を吐いた。
隣ではエミリアがまだ「ズルいズルい」と連呼している。
正直あまりシリウス・ブラックには関わりたくない。
彼はなまえにとって得体が知れない人物なのだ。
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「ねぇ、シリウス。どうしたのさ」
魔法史の授業が始まるのを待ちながら、一番後ろの席を陣取った四人はまた仲良く話し始めた。
1つ前の席に座ったジェームズが、椅子の背に肘をかけながら後ろを向いて話しかけてくる。
「何がだよ」
椅子を軽く引きながら、フンとした態度でシリウスは視線を上げた。
「“何が”って・・・さっきの反応、異常があったよ?」
「うん、シリウスにしては少し気持ち悪かった」
隣に座ったリーマスもためらい無く言う。
「何なに?年下に手を出すの?シリウス」
にやつきながらさらりと出たジェームズの言葉に周りにいた数名の生徒の視線を感じた。
「お前等には関係ないよな?」
「うわっ否定しないみたいだよリーマス!」
最高の玩具を見つけたような表情で二人は覗きこんでくる。
「この前エイミーをふったのはそれが理由だったんだね・・・?」
ジェームズの隣で今度はピーターがぼそりと呟いた。
エイミーに思いを寄せていたピーターはその事実を知ってから暗い影がやどっている。
慌ててリーマスが慰めはじめた。
「さっき授業があっていたのは6年生だよねぇ?なんて名前の子なの?」
「・・・・・・」
「え!名前知らないとか?」
ジェームズは相変わらず瞬きもせずに興味津々な顔で聞いてくる。
「知ってるけど、話したらお前が何をするか分からないだろ?」
「はは、大丈夫だよ何もしないって。微笑ましく見守ってるからさ」
そう言っているジェームズの頭に2本の黒い矢印が見えて仕方が無い。
「・・・なまえ」
「あぁー聞いた事ある!」
リーマスがピーターの傍らから顔を上げて、隣でポンと手を叩いた。
「半年ぐらい前かな、僕達と同じ授業をうけに来たよね?“なまえ・みょうじ”・・・違う?」
シリウスは目を合わせないまま”そうだ”と頷いた。
「なまえ・・・?誰だっけ」
「ほら、一学年下の学年末テストで成績が優秀だったからって。先生が連れてきたじゃない?」
リーマスはこういう場合になると余計に記憶力が良いといつも思う。
「へぇ〜また高嶺の花に手を出したねぇ」
「まだ出してない」
ジェームズは顎に手をあてるいつものポーズでチラリと嫌な視線を飛ばしてきた。
「へぇ〜じゃあ、あなたは地べたにいくらでも咲いている様な花にしか手をつけないのかしら、ジェームズ?」
ジェームズの背後に黒い影ができる。
「あっはは・・・・リリー、君はベンネヴィス山の頂上に咲いていたと記憶しているよ」
表情の強張りを隠し切れないジェームズが引きつった笑顔を作った。
“また始まった”と悟った2人はジェームズとリリーから気持ちだけ距離をとる。
直後、ビンズ先生の白い身体が教卓の前にふわっと登場した為、ジェームズの尋問は已む無く終了した。
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