精一杯の気持ち
伝われ、ばかやろう!



『トレイのばか!』

そうケイトに告げられたのは宣告の事。彼女の口の悪さは今に始まったことではないので、もう咎めようとか矯正しようといった気は起こらないのだが、今回は少し違った。

「チョコレート、甘いものを勧めてくるなんて珍しいですね」

そう、先刻ケイトから『チョコレートあげる!』と包みを差し出されたのだが、食べたい気分でもなかったし、『ケイトが召し上がってください、私は結構です』と断ったら冒頭の台詞。昔から甘いものを好んで食べるのはエースで、自分はどちらかと言うと遠慮するタイプだったと言うのをケイトは知っていたはずなのに。首を傾げながらも、その場に立ち尽くしているわけにも行かず、歩を進めているとレムに出逢った。

「ぁ、トレイ!ケイトからチョコレートは貰った?」

ニコニコとそう尋ねてくるレム。あれはレムが作った物だったのですか…と口にすれば、レムはきょとんとしてこちらを見つめ直してきた。

「あれは私が作ったんじゃなくて、ケイトだよ?」
「ケイトが?」
「もしかして…トレイもバレンタインを知らない…とか?」

バレンタイン…書物によれば男性が女性に薔薇を送る日、とあったのを記憶している。それとこれはなにか関係があるのだろうか。

「ほんとに知らないんだ。いい?バレンタインは女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日!」

レムがぴしゃりと言い放つ。好きな男の子…好きな…、そこまで考えて一つの考えが浮かんだ。レムは呆れて頭を抱えている。

「ケイト、可哀想…」
「失礼します!」

バッと振り返り、ケイトが居そうな所を探す。教室、裏庭、リフレ…どこにも見つからない。と、なると、残りは。

「テラス…ですか」

トレイは魔方陣へと駆け出した。





テラスに着くと、ベンチにケイトが背を向けて座っていた。彼女にしては珍しくため息なんかついて。そのため息の原因が自分だと思うと居たたまれない。

「ケイト…」

控えめに声を掛ければ、びっくりしたのかこちらを勢いよく振り返る彼女。しかしその表情はすぐにムッとしたものに変わる。

「なに?」

その声音からも怒りが伝わってくるが、怯むわけにはいかない。意を決してケイトの隣に座り、手元を見た。良かった、まだ棄てていない。

「…レムに聞きました。バレンタイン、」
「……っ!」
「ケイトも教えてくれれば良かったのに」
「い、言えるわけないでしょ!」

ケイトはプイっと顔を逸らしてしまった。その顔を、そっと手で自分の方へ向ける。ぶつかる視線…そういえば、チョコレートを差し出した時も視線が合わなかったから、今日はじめて目を見て話しているのだなとぼんやり考えた。

「離して」
「嫌です」
「変態」
「その変態にチョコレートを渡そうとしたのは?」
「…受け取らなかったくせに」
「理由が分かっていたら断りませんでしたよ」

本当に憎まれ口ばかり。しかしこれが二人のちょうど良い距離で心地良い。そう思っているのは自分だけだったのか、ケイトは立ち上がりこちらを見据える。そしてチョコレートを思いっきりトレイにぶん投げた。

「なに!かっこつけてんの、よっ!」
「食べ物を投げる人がありますか!」
「アンタが一回断ったもんでしょ!あぁもう棄ててやればよかった!ばか!」

投げられたチョコレートをキャッチして、ケイトの繰り出す拳も受け止める。今回の非は自分にあるのだが、やられっぱなしも癪に障る訳で…

「気持ちまで、棄てるつもりだったんですか?」
「なにが」
「私が受け取らなかったら、貴女の気持ちは棄てられてしまっていたのですか」
「…アンタ本当にムカツク」
「私は好きですよ、ケイト」
「そういうのがムカツク!」








(そういえば、お菓子作りが出来るとは知りませんでした)
(レムに教えて貰ったの、バレンタインの事も)
(なるほど、担がれたわけですね)
(…?)
(なんでもありませんよ)

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