運命の0214-恐れと、愛と。-

今まで所属した2組を離れ、幻と呼ばれた0組へ配属される―クリスタリウムの掲示板にそんな通達が張り出された時、マキナは我が目を疑ったものだ。
しかも、自分と共に配属されることが決まった人物の名を見た時に再び我が目を疑うことになる。
生まれ育った村から共に命からがら逃げ延び、そしてこの魔導院で再開を果たした幼馴染―レムの名がそこにはあったのだから、驚くなと言う方が無理な話ではあった。
しかしその驚きはすぐに無上の喜びへと形を変える。
マキナだって全く知らない環境で、全く知らない誰かと共に戦うことに対してほんの少しは心細いと思っていた―
隣にレムがいてくれるのであれば自分は戦える。幻と呼ばれる0組の一員として恥じないよう戦う理由がそこにはある。

「頑張ろう…マジで」

寮の一室で自分に言い聞かせるようにそう呟いて、マキナは鏡を覗き込んだ。
昨日届けられた、真新しい朱のマント。2組のマントをそうしていたように襟を立て、肩を覆ったマントがおかしくないかを確かめてからマキナは鏡の中の自分に頷いてみせた。

それから、1時間後。
マキナは落ち着かない様子でテラスをうろうろと歩き回っていた。
昨日、今までの担当だった2組モーグリからある程度の話は聞いていたが、0組はこの度隊長も新たに配属されることとなりその顔合わせの席で自分たちも紹介されることになる、と言うことだった。
そのため、呼びに来られるまでは院内で待機するようにと言うことだったが待機するにも場所が思いつかず、結局―遠くまでを見渡すことが出来るこの場所に来たはいいものの、結局落ち着かずにうろうろ歩き回ることしかできないと言う体たらく。
彼が纏う朱のマントは想像する以上に候補生たちの目を引くらしく、遠巻きに見られたり何事かこそこそと囁きあわれたりと言う姿が目に留まる。
昨日までは2組の候補生として、学園内の何処で何をしていてもこんな風に目を引くことなどなかったと言うのに。
なんだか妙な居心地の悪さを感じる。自分は、マキナ・クナギリとしては何も変わっていないのに纏うマントが変わっただけでなんだか―色んなものが遠くに行ってしまったような、そんな気がして。
これから新しい環境に飛び込むと言うのに、その環境がもしもこんな風に自分を遠ざけたら―そんな恐怖が、不意にマキナの脳裡を過ぎる。
今いる0組の候補生たちは候補生となる前から共に生活をしていたような話を聞いてはいたが、その中で自分はただただ異質な存在としかなりえないのではないのだろうか。
そうなった時に自分が今まで何も考えずにいられた場所には自分はもう戻ることが出来ない。身に纏う朱のマントがそれを邪魔するのは今の状況を見れば火を見るより明らかだから。

「…大丈夫なのかな…オレ」

漏らした気弱な呟きは、遠巻きに見られているせいで誰にも聞かれていないのが幸いだったかもしれない。
こんな気弱なことで本当に、0組の一員としてやっていけるのだろうか。
自分の身近にあったものすら守れずただただ己の無力を呪うことしか出来なかった自分と本当に決別できるのだろうか。
この戦乱を終わらせるアギトを目指す資格が、こんな自分に本当にあるのだろうか―
マキナの心中を、そんなネガティブな感情がぐるぐると回る。
いっそこのまま逃げ出すことができたなら。だがそんなことをしてしまえば、アギトの座に近づくことなど永遠に出来はしない。
どうしても前を向くことが出来ず、マキナは俯いたまま足を止め―そのまま、テラスに立ち尽くすことしか出来なかった。一体自分がどうするのが正解なのか、それすら今のマキナには判断することが出来なくて―

「マキナ!こんなところにいたの?」

立ち尽くすだけのマキナの背後からかけられたのは、懐かしくも聞きなれたその声―そこでようやっとマキナは顔を上げ、声のした方―魔法陣へと視線を移す。そこには自分と同じ、新品の朱のマントを纏ったレムの姿があった。
そう、レムも自分と共に0組へ配属されるのだ。自分がこんなことを考えているのをレムに悟られてしまっては、レムにまで不安を与えてしまうかもしれない。
マキナは強く拳を握り、そして―無理やりに、笑顔を作ってみせた。

「ああ…なんか、落ち着かなくて」
「もうすぐ0組の皆に私たちを紹介するって、さっき連絡があったよ。そろそろ行こう、マキナ」

レムは無邪気にも見える笑みを浮かべマキナの手を取る。レムの柔らかくて華奢な手の感触はなんだかとても優しくて。思考の迷宮を歩き疲れはじめていたマキナの心に暖かな癒しを与えてくれる―
レムには隠す必要がないのかもしれない。ふと脳裡に過ぎったその考えは自然とマキナの唇から言葉となってあふれ出していた。

「レムはさ…」
「どうしたの?」
「恐くないか、0組の一員になるってこと」

マキナの問いかけに対し、レムは不思議そうにマキナの方をじっと見つめているだけだったが―その意図を察したのだろうか、こくりと小さく頷いてから口を開いた。

「そりゃあ、7組とは何もかも勝手も違うし…幻の0組に自分が入るなんて想像もしてなかったから不安もあるよ。でも」

そこで一度言葉を止め、こほりと小さく咳をしてからレムは再び顔を上げた。その視線には何の迷いも感じられなくて―それが今のマキナには、とてつもなく眩しい。
穏やかなレムの表情から紡ぎだされる言葉が、迷宮を彷徨っていたマキナの心に一縷の光を灯す―

「考えてても仕方ないし、それに…きっと、0組に配属されたことで私はもっと強くなれる。勿論、マキナも…ね」
「ああ、そうか…そうだな」

自分もレムのように前向きになれたら―そうすれば、この心の奥底に渦巻く「恐れ」は消えるのだろうか。それはマキナには分からない。
だが、今は考えていても仕方がない。レムがそう言うのだから自分もそう考えなければ。無理やりにでもそう思い込むことにして、マキナは再びレムに手を引かれるまま歩き出した。
だが、魔法陣の上に立つ一歩手前でレムは立ち止まり、マキナの方をじっと見上げている。その視線にはほんの少し、躊躇いを感じたりもして。

「レム…?どうした?」
「あ、うん…えーと、ね」

そこでレムは一度目を伏せ、そして…懐から小さな箱を取り出す。
レムのセンスなのだろう、可愛らしい包装紙とピンク色のリボンが目を引くその箱の正体が読み取れず、マキナは小さく首を傾げた。

「…今日、何月何日だっけ」
「今日?今日は…水の月、14…あ」

問われて思い出したのか、マキナはレムの手の中にある箱に再び視線を移す。
元々オリエンスの風習ではなかったと言われているが、いつしか自分たちと身近なイベントになっていた―「それ」が今日のこの日だということをマキナはすっかりと失念してしまっていた。
そう、そして今日が何の日であるか考え合わせれば、レムの手の中にある小さな箱の正体は簡単に推測が出来た。

「分かった?まだ魔導院の外には出られないし大したものじゃないけど、チョコ用意したんだ。これから…お世話になります。一緒に頑張ろうね」
「ああ…ありがとう、レム」

レムから差し出されたその小箱を今のマキナが拒む理由はどこにもない。
マキナは受け取った箱をポケットに仕舞うと、レムに笑顔を向ける。一緒に頑張ろうと言ってくれるレムがいれば、この恐れもいつか消し去ることが出来るだろうと、何故か信じることが出来た。
きっと、今ならば胸を張って0組の候補生たちの前に立つことが出来る。隣にレムがいてくれるから。
一緒に頑張ろうと笑いかけてくれるレムの存在があれば自分は戦える―ポケットの中の小箱に服の上から触れて確かめながら、マキナは自分に向けてしっかりと頷いていた。

「…昔した約束、早く思い出してね」

魔法陣の中心に足を踏み入れたレムのその言葉の意味はそのときのマキナにはまだ理解できなかった、けれど。

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あとがきと言う名の言い訳。

と言うわけでマキレムバレンタインです。
本当は違うネタ書いてたんですけどどう頑張ってもバレンタインに繋がらなかったので締め切り前日に却下して別のネタをひねり出そうとして…
気付いたのです、マキレムと0組の初顔合わせが2/14だったと言うことに…!
と言うワケで、クラサメ隊長に教室に呼ばれるちょっと前のマキナとレムのやり取り。
マキナが司る失われた座「恐れ」を考えると、彼は多分0組に配属された後こういうことを悶々と考えていても不思議はないなと思ってこんな感じのネタになりました。
短くて申し訳ありません…orz



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