気付かないまま



「やれやれ、明日もまた作戦ですか」

魔導院ペリシティウム朱雀、2組の教室。
片隅の席に陣取っていたヒルハタがうんざりしたように呟き、その両隣に座っているアサトとヤノは大きくうんうんと頷いている。
事前に指示された作戦内容を鑑みるとまたこの3人で一緒に行動することになりそうな気配が濃厚ではあるのだが、彼らが問題にしているのはそこではない。
知り合ったのはこの魔導院で、たまたま同じクラスになったことがきっかけだったとはいえ長らく一緒に過ごした仲だ。そんな3人の考えが次第に似て来るのは無理のない話でもあって…
不満げな表情で唇を尖らせているヤノの表情に一番強く現れてはいるものの、考えているのはアサトもヒルハタもまったく同じこと。

「隊長は相変わらず無茶ばっかり言うからなあ…私達を何だと思ってんのかなほんと」
「何だと思ってる、って…候補生でしょう」
「ヤノが言いたいのはそんな当たり前の話じゃないだろ」

戦いの続く中、こんな下らない言葉を交わしあいそれによって安らいだ気持ちになれるのは―彼らが自分たちの中で抱いている「仲間意識」のなせる業。
魔導院にクラス制を導入したのは仲間達の絆を深め戦いの中でより強い力を発揮させる為だなんて嘯いていたのは何処のクラスのモーグリだったか…
だが最初にそういった狙いを持ってクラス制を導入すると決めた人間には告げるべきであろう―貴方の狙いは正しかった、と。
現にこうして、戦乱の続く中最前線を担うことの多い2組においても彼ら3人は仲間達との絆を持って強い心で戦い続けているのだから。
2組に所属する生徒たちは皆、「あの3人ホント仲いいな」なんて囁き合っている。それなりに力を持ち、多くの戦功を立てる3人のその強さの裏にはきっと強い友情があるのだろうと皆が思っていた。

だが―3人の中にひとりだけ、違う想いを抱えたまま戦い続けている者がいたりすることを、他のクラスメートたちはきっと気付いていない。



「あー」

鉛筆を咥え、椅子に座ったまま天井を見上げるアサト。
机の上には、何かを書き込んだ暦が無造作に置かれている―出陣する日取りだけでなく作戦の内容、共に出撃する仲間達の名。
お世辞にも綺麗とは言えない文字での書き込みで埋め尽くされた暦の、その日から見た翌日に大きく丸が付けられている―先刻、ヤノやヒルハタと話し合っていた「隊長に無茶ばかり言われる」作戦の決行日である。

「…やっぱり、いい加減言った方がいいのかな」

アサトの呟きは誰の耳に届くこともなく、教室の中のざわめきにかき消される。
ふと、ヒルハタの「ヤノが好きなら想いを伝えるべきです」、なんてしたり顔での忠告の言葉が脳裡を過ぎったりもして、それを追い払うようにぶんぶんと強く頭を振った。
言われて認めるようなことは絶対にないが、間違いなく自分はヤノに好意を抱いている。
気が強くて、女らしさなんて欠片もなくて。それでも、思う事を余すことなく口にし、言った事はきちんと果たす。そんな頼もしい彼女にいつしか友情以上の感情を抱いていたのは紛れもない事実。
ヒルハタにはどうやら感づかれてしまったらしく、折に触れてその事でアドバイスと言う名のお節介を受けそのたびに否定はしているものの…本当は、アサトにだって分かっているのだ。
今は戦争のさなか。仮にも候補生と呼ばれる自分たちが簡単に白虎に屈するわけはないと言う自尊心はあるが、それでもいつ死んでもおかしくない毎日。
そして―死んでしまえばそのときは、自分の存在は消えてしまう。人々の―ヤノの記憶からも。
死ぬのが恐いなんて言っている場合ではない。だが、これだけ同じ時を過ごした仲間達の、そして心密かに想う人―ヤノの記憶から自分が消えてしまうのがほんの少しだけ、恐い。
だがだからと言ってこの想いを伝えてその恐怖が和らぐかと言えばその答えは―否。
伝えたところでどうにもならないのなら伝えなくていいのではないか。だが―そんな堂々巡りを何度繰り返したか、アサト自身ももう覚えてはいない。

「…ま、死ななきゃいい話なんだけど」

ひとりごちて立ち上がったアサトはそのまま教室からエントランスへと向かう魔法陣の方へと足を進める。
考えていても仕方ない。今はヤノのことではなく、明日の作戦のことを考えなければ。

「悩むくらいならさっさと言えばいいんですよ」

魔法陣に乗ろうとしたところで聞こえたヒルハタのその言葉に対しては、無言で睨みつけるだけにして…そのままアサトの身体はエントランスへと運ばれていた。

***

2組に与えられた作戦は、蒼龍領に程近い廃村で朱雀の侵攻を食い止めんとする蒼龍軍の掃討であった。
作戦そのものの難易度はさほど高いものではないとは言え、前線に立って直接戦闘を行う―たった一つの失敗が死に直結する厳しい作戦であるとも言える。
無論、前線に立つことを余儀なくされている2組の候補生達はそんなものを今更気にはしていないのだが、それでも作戦の前には仲間達との別れを惜しむ姿や馴染みの教官に面通しに行く者の姿も見受けられた。
いやがうえにも緊迫感が高まる2組の教室―ふと目をやれば法外な価格でただのポーションを売りつけようとしているカルラの姿なんかもあったりするのだがまあ、それはそれとして。

「…あんな感傷に浸るのは私たちには似合わない気がするけどさ」

自分に背中を向けたままそんなことを呟くヤノを見つめるアサトの胸中は誰にも分からない―
教室の扉を勢いよく開け放ったヤノには一切の迷いを感じない。これが最後になるかもしれないと言う感傷など一切抱いていないのであろうヤノが眩しくて―その眩しさに目を奪われた自分を改めて思い知らされる。
いつか言わなければならないと考え始めたのはいつだったか、そして考えるだけで実行に移せないままどれほどの時間が経ったか。もう、アサトにも思い出せない。
…自分の背後に足音が続かないことを訝しんだのだろうか。ヤノが振り返り、不思議そうな表情を浮かべてこちらを見ている…その視線に、考えていることを見抜かれでもしたのかとアサトは一瞬焦りを浮かべて視線を逸らす。

「何ぼーっとしてんだ、行くよアサト」
「あ、ああ」

俺の気持ちも知らないで、なんて言葉が思い浮かんだが小さく頭を振ってすぐに追い払った。気持ちを知らないのは自分が言っていないのだから当然、それにこの状況で余計な事を言う必要もない。
自分の半歩前を歩くヒルハタの、薄く笑みを浮かべた表情に妙に腹が立って…アサトは大きく歩幅を上げた。ヤノさえ追い越すほどに。

「ぼーっとしてるかと思ったら急に何」
「…なんでもねえよ。ほら、さっさと行かないとまた隊長にどやされるぞ」

誤魔化して呟いた言葉の真意は、ヤノにはまだ伝わらなくていい。
まずは目の前の作戦を。そして、いつかこの戦いを終え、オリエンスに平和が訪れたらそのときは―胸に誓いを秘め、後ろに続く2人分の足音を確かめるかのようにアサトは歩き始めた。
オリエンスに平和をもたらすこと。それが全てに繋がっていくのだという強い信念を胸に秘めて。

***

「魔導アーマーほどじゃないけどやっぱり数で来られると面倒ですね」

何匹目だかのボムを魔法で葬り、ヒルハタがひとつ息をついた。
2組が魔導院の精鋭、歴戦の候補生とは言え流石に戦い詰めではぼやきたくなるのも無理はないと言うところだろうか。

「気ぃ抜くなヒルハタ、そんなこと言ってる間に次が来るぞ!」
「分かってますよ」

当たり前のように言い返されたその言葉を示すように、ヒルハタはすぐに魔法の詠唱を始める。それを確かめて、アサトもまた身構え魔法を唱え始めた。
アクアプリンに効果を上げる魔法は確かサンダー系だったはず。習得している魔法を思い返しながら、アサトは視線でプリンのゆったりとした動きを追いながら掌を翳し、そちらに向かって雷を放つ。
雷に当てられたアクアプリンはおぞましいうめき声を上げ、やがて黒く焦がされたその身体はぴくりとも動かなくなる―それを確かめると、アサトはすぐに他の魔物の姿を視線だけで探した。
この場所にやってきた当初に比べれば、現れる魔物の数も随分減ったように思える。この調子で行けば特に問題もなく作戦を完了できるだろう―そんなことを考え、更に視線を動かす。その先にいたのはヤノ、彼女もまた同じように数多くのモンスターを魔法の力で屠っている。
足元に転がる、元々はキャッパワイヤであったのであろう消し炭に対して勝ち誇ったような笑みを浮かべているヤノ―だが、そこでアサトは気付いた。ヤノの背後から迫る巨大な影に―

「ヤノ、危ない!」

声にしたのと、巨大な影―ベヒーモスが鋭い爪を振り上げその爪がヤノに突き立てられたのがほぼ同時。

「が…っ…」

短く呻いたヤノはそのまま、その場に膝を着く。ごほりと大きく咳をした彼女の口からは赤黒い何かが―何かなどと考えるまでもなく、血の塊が吐き出される。
振り返り背後のベヒーモスの存在を彼女が確かめた、その刹那再びベヒーモスが大きく腕を振り上げたのが目に飛び込んでくる。

このままでは、ヤノが。
自分がヤノに忘れられることだけを恐れていたはずだったのに―このままでは、ヤノの存在が消えてしまう。
オリエンスから、そして―自分の記憶の中から。

「死なせるか…死なせてたまるかよっ!」

上げた叫び声と、短い詠唱。それと共に翳した腕に集まる眩い光。
そんなことなど起こる筈がないのに、今のアサトにはベヒーモスの動きが随分とゆっくりに見えていた。その腕がヤノに振り下ろされる瞬間までに魔法が完成すれば―!!
一秒が永遠にすら感じられる。自分の身体が自分のものではないかのように軽い。駆け出したアサトは腕を大きく突き出し、ずっと詠唱していた呪文の最後の一節を口にする―それと同時に放たれるのは、先ほどアクアプリンに向かって撃ったのとは段違いに強い光を放つ雷。
それはベヒーモスの目を直撃したのか、地の底から響くような恐ろしいうめき声を上げてベヒーモスがその巨大な身体を折る。それを確かめるとアサトはすぐに違う呪文の詠唱をはじめ、完成すると同時に癒しの光がヤノを包み込む。

「…馬鹿、戦場では全方位に気を配ってないとダメだろうが」
「ごめん…ちょっと油断してたよ。ありがと、アサト」

まだ傷が治りきっていないのか眉を顰めながらも自分に笑いかけるヤノの笑顔―この笑顔が記憶から消えることなど絶対にあってはならない。
アサトは自分の中でだけその気持ちを新たにし、ベヒーモスに向かって立ちはだかった。

「さて…この大物さえ倒しちまえば後は大したことのないモンスターばっかだ。行くぜヤノ、ヒルハタ」

言い切ったアサトの表情に迷いはなかった。
自分の記憶からヤノを消させはしない。そして、ヤノの記憶からも絶対に消えたりしない―彼が胸に秘めた誓いは誰一人知らないままに。

***

「に、してもだ。まさかベヒーモスまで出てくるなんて思ってなかった…隊長のヤツ、ちゃんと調べておけっての」
「ヤノ…また隊長と喧嘩する気じゃないでしょうね」

無事にモンスターと、それを操っていた蒼龍兵の掃討を終えた3人は蒼龍領から一路魔導院への帰路を急ぐ。
背後でいつものやり取りを繰り広げているヤノとヒルハタに対して何かを言うでもなかったアサトであったが…ふと、そこに咲いていた花に目を留める。
朱雀の領土では見かけたことのないその花は、アサトから見れば随分と不思議な形をしていた。小さな白い花と、それを取り囲む赤い花弁がとても印象的に見える。
アサトは何かを考えるより先に、低木に咲いたその花を一輪摘む。
赤い花弁は決して可愛いなんて言えるようなものではなかったが、その中央に可憐に咲く小さな白い花―もう一度花に視線を送り振り返ると、そこにあるのはいつも通りのヤノの表情。

「ヤノ、ちょっと5秒だけじっとしてろ」
「…は?」

突然アサトが放った言葉を訝しんだのかヤノは眉根を寄せる。いいから、と説き伏せるように短く言うとヤノは渋々と言った様子で立ち止まった。
その様子を横目で見ていたヒルハタが、何かを言いたそうな表情を浮かべながら先に歩いていったのを幸いとして―アサトは摘み取った花をヤノの髪に飾る。

「…花?なんでまた」
「あそこに咲いてるアレ。なんかさ、赤いとこはあんまり綺麗って感じじゃないけど真ん中に普通に白い花咲いてるし…お前みたいだなってなんとなく思ったから」
「意味わかんない。褒められてるのか貶されてるのか良くわかんないよそれ」

はぁ、と大きく息を吐いたヤノではあったが、アサトと同じように木に咲いたままのその花をじっと見つめて一度目を閉じる。
その表情にどこか笑みを含んでいるように見えたのはアサトの気のせいだったのだろうか。それは、もはや誰にも分からない。

「アンタらしくなくてなんか気持ち悪いけど…でも、ありがと」
「気持ち悪いは余計だ馬鹿」

そんなことを言い合いながら再び歩き出したふたり。
この記憶も、どちらかが死んでしまえば消えてしまうものかもしれない―だがそれでも、この記憶を消させない為に自分は戦えると、アサトがそんなことを考えていたのにはきっとヤノは気付かないまま。

だが、気付いていなかったのはアサトの考えだけではなく。

「ブーゲンビリア…秘められた想い、ですか。アサトにしては上出来なんじゃないでしょうかね」

意味ありげなヒルハタの笑みにも、やっぱりふたりは気付かないまま。



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あとがきのようなもの

誰得?…ただの私得です。
0組でなくても良いということなので、モブで一番大好きな2組の3人にしてみました。
時系列的には多分5章後半、エイボン制圧戦の後〜ジュデッカ会戦直前くらいを想定しています。
蒼龍領は熱帯雨林てことなんでブーゲンビリアくらい咲いているものだと思いたいんですが…どうなんでしょうね?
実際この話を書くに当たってブーゲンビリアの花を調べてみたんですが、全体像を見ると決して可愛いとか綺麗って類の花ではないんですが中心部に咲いている小さい花(ここが本体)がとても可憐で、それがボーイッシュなヤノのイメージと重なったのでこんな感じの話に。
…けど結局、この後暫くしてアサトは…って考えると悲しくもあるんですけど…

いずれにせよ、こんな私得以外の何物でもないお話を最後まで読んでいただきましてありがとうございました!




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