ビター・チョコレート


「最悪…」

目の前に広がる光景に、情けない溜息が漏れる。焦げたクッキー、漂う焦げ臭い匂い。様子を見ようと近付くと、鼻先をツンと嫌な匂いが突いた。
…これ何だ?墨にしか見えない。
ぼーっとしていた自分に飽きれながらも、目の前の状況が整理されだんだんと情けなくなり、また溜息が漏れた。慣れないことをしようとするから、こうなるんだ。あーあ、馬鹿みたいだな。
焦げ付いたクッキーを回収しながら、オーブンの中を綺麗に掃除する。そもそもこんなことになったのは、トレイがアタシにケンカ売るから、苦手な朝早くにわざわざ起きて、お菓子を作ろうなんて考えてしまったからだ。どうせ料理なんてできないんでしょう、と煽られ、不覚にも頭に来てしまった。イライラしながらその時の事を考えていて、それが眠気とあいまってこんな結果になった。
…これじゃあ、料理もクソもないよ。全く…
なんだか悔しいので、焦げ付いたクッキーを袋に突っ込む。渡すわけじゃない。単なる気休め。

「帰ったら部屋、掃除するか」

もう慣れて来た焦げ付いた匂いをもう一度吸い込んで、散らかったキッチンと焦げたクッキーを苦い顔で見つめ、部屋を後にした。


***

「おはよ」

0組特有の重い扉を押し開け、クラスに入る。
おはよう、とアタシに微笑んだレムは、皆にお菓子を配っているようだ。興奮した様子のシンクとケイトがレムに貰ったであろうブラウニーを美味しそうに頬張っている。

「アタシにもくれよ、それ」
「もちろん!」

レムに近寄ってお菓子を要求すると、にこりと微笑みアタシに渡してくる。…よく出来てる、すごく美味しそうだ。これはとうとうトレイに見せるわけには行かなくなって来た、と胸で呟く。まぁ渡すつもりなんてさらさら無いわけだけど。でも、あいつしつこいからな…

「サイス」

どうしたものか、と考えていると、レムが歩いて行った途端に声をかけられる。振り向くと声の主は……ああ、くそ、捕まった。

「なんだよ」
「約束、忘れていませんよね?」
「はぁ?約束?そんなの、したっけね」

顔をそらしてそう言う。もう無かったことにすることにした。状況説明とかめんどくさいし、何よりあんなチョコ見せたらからかわれるだけだ。トレイの事だから相当な嫌味を言ってくるんだろう。腹立つな。

「…忘れた?」
「ああ、そうだよ。忘れたんだ。何も作ってない」

だからはやくどっか行け、とうんざりして席に戻ろうとすると、待ってください、とトレイが何やら不吉な笑みを浮かべている。…うわ、きもちわる。何か企んでいるのだろうか。

「作ってない、って言いました?じゃあ、忘れたわけじゃないですよね?」

はっとする。アタシとしたことが、口が滑ったようだ。なんて事だ、こいつに揚げ足とられるなんて。動揺したアタシを見て、トレイが更に気を良くしたようで、アタシに詰め寄る。…ほんと、こいつのウザさどうにかならないのか。マザーが居なかったら今頃ミンチにしてるっつの。

「相当な動揺ですね。まさか…作っていたのでは?……ほら。」

アタシがたじろいでいると、ひょいと背中に隠し持っていた焦げ付いた墨クッキーを奪われる。ハッと目線を向けても、もう手遅れだった。

「ちょ、ちょっとお前!!!なにしてんだよ!!!」

クッキーに手を伸ばすと、弄ぶ様にひょいひょいと手を動かすトレイ。それにつられて動くもみっともない姿に恥ずかしくなり、すぐに手を止める。だが睨みつけるのはやめなかった。こいつ……ただじゃおけない

「それは!失敗だから!!」
「だから?」
「くそっ…返せ!!!!」
「嫌ですね」
「焦げてるんだよ!」
「構いませんよ?」

クッキーを満足そうに見つめ、余裕の眼差し。…さっきからニヤニヤして、何なんだこいつ。嬉しそうにクッキーを見つめているから、何だか調子が狂う。

「…わかった、やるよ」
「ありがとうございます」
「焼き過ぎたんだ、食えたもんじゃねーからな」

諦めてそう言うと、わかってます、とだけ言う。何だか、随分嬉しそうにしているのが見て取れる。…そんなに嬉しいのか、煽って受け取った墨クッキーが。ほんとこいつ、変な奴…
そう思っていると、ぼそ、とトレイが何か呟いた。

「………貴方に貰えただけで満足なんですけどね」
「あ?何か言ったか?」
「いいえ?空耳じゃないですか」

あっそ、とだけ呟いて、ニヤつくトレイの前を後にする。
今日もいい天気だな、レムのブラウニーでも食うか。
よいしょと自分の席に座ると、教室内に強い風がびゅう、と吹き込んだ。

ビター・チョコレート
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