クッキー十数枚、チョコ一個
「……できた!」
ようやく全部作り終えたときには、時計はいつの間にか0時半を指していた。
「後はラッピングなんだけど……」
でも7人分となると、それなりに時間がかかってしまう。時間も時間だから、正直なところ早く寝てしまいたいし……。
「そうね……」
朝、早く起きてから準備をすれば問題ないか。そう考えて、アタシは寝る準備を始めた。
ふと目が覚める。目覚ましが鳴り響いてるわけでもない。予定した時間より早く起きれたんじゃないの、と期待して時計をみれば、目覚ましがなるはずの時間を30分過ぎていた。
「ちょっと待ってよ……アタシ、目覚ましのセット忘れてた!?」
あわてて飛び起き、制服に着替える。朝食はいつもどおり軽めのものですませる。
トースターにパンをセットして、バターもスタンバイ。
手早く髪を整え、タイミング良く飛び出したパンを合図に席に着く。
いつもならそのまま部屋を飛び出すけど、今日はそうもいかない。
「何とか間に合いそうね」
いつも通りの時間に間に合うなら、授業開始までに若干余裕があるし。
最初はやる気もなくて、いつもぎりぎり滑り込みだったんだけど、いつの間にか早くなってた。
何でだろう、気づかないうちにトレイにあわせるようになってたのかな。
今日はその待機時間を少しラッピング作業に回せばいい。前もって準備しておいた小さめの袋に、昨晩焼いたクッキーを放り込む。そのまま順に口をリボンで結んで完成!
「さて……」
7つ並んだ袋とは別に、チョコレートがまだ残っている。いわゆる、本命チョコといわれるやつ。ハート型になるように努力はしてみたけど、悔しいことに上手くいかなかった。あいつのことだから、また馬鹿にしてくるんだろうなー……そう考えるとちょっぴり憂鬱。
これは、また別で何かラッピングの方法を考えないと……さすがにクッキーと同じ手段はとれないし。
「時間は……」
時計に目をやると、ぎりぎりの時間。ラッピングどころじゃなかった。
「……放課後にするしかないわね!」
とにかく、今は早く教室へ向かわなくちゃ。また隊長に怒られるのはごめんだもん。その一心でアタシは部屋を飛び出した。
なんだか、今日は魔導院の空気が違う。みんな、どことなくそわそわしているような感じ。バレンタインデーだからかな、女子はともかく男子はわかりやすいわよね……。教室についてから、鞄の中身を確認する。
ちゃんと、7つの袋が入ってる。1時間分の授業が終わってからの休み時間、教室にいる男子に適当に配って歩く。
「はい、これ。今日バレンタインデーだから、アンタらにあげるわ」
「なになに〜? クッキー?」
「変な形だな、オイ」
「いっそ芸術的ですね」
「そうだね〜、これ何の形なんだろ?」
「思うままに作ったんじゃないですか?」
「俺、知ってるぜ。芸術は爆発だーとかいう奴だろ?」
「悪かったわね、変な形で! これでもちゃんと型抜き使ったんだから!」
怒鳴って、そのまま席に戻る。まったく、失礼な奴! せめてそういうのは、本人がいないところで言ってよね! でも、なんだか自信なくすなぁ……。形がいびつなのはわかってたけど、そこまでひどい?
もう、本命のチョコレートは渡さないで自分で食べてやろうかしら。
もやもやした気持ちを抱えたまま、適当に授業を受けていたら隊長に怒られた。
本当に、今日はツイてない。
放課後になっても、さっきのもやもやした気分は晴れないまま残ってた。
このままだと本気でチョコレートを食べてしまいかねないから、とりあえず容器に入れて包装紙でラッピングしてみた。これも、きれいとは呼べる出来じゃないけれど。
「……今の時間だったら部屋にいるかな」
チョコを手に取り、トレイの部屋へと向かってみた。ドアをノックしてみたけど、ぜんぜん返事がない。あんまり大きな声を出すのも、周りのみんなに迷惑だからできないし。
「もう帰るわよ!?」
そう言った瞬間にドアが開いた。
「おや、ケイト。どうかしたんですか?」
「アンタ、絶対ドアの後ろにいたでしょ。何で開けてくれないのよ!」
「すみません、つい面白くて」
何なのよ。いちいち腹が立つことばっかり言うんだから。普段ならだいたい気にしなくなったけど、あいにく今のアタシは虫の居所が悪い。
「アタシで遊ばないでくれる?」
「で、用事があってここへ来たのでしょう? 忙しいので、手短に済ませてほしいのですが」
「え? えーっと……その……」
本人を目の前にすると、思ったように言葉がでない。
ええい、なるようになれ! トレイにぶち当たってもいいという勢いで、チョコを持った手を前へ思い切り突き出す。
「これ、あげる!」
「バレンタインデーの贈り物はもういただきましたけど?」
「違うの! これは、その……あれよ! 本命チョコってやつなの! 形はやっぱり変だけど、味は問題ないと思うから……!」
「……形の件、まだ気にしてるんですか」
「気にするに決まってるでしょ!? 自分だって失敗したの知ってたから、ちょっと落ち込んでたのに、指摘されたら余計に落ち込むに決まってるじゃない」
「ケイトにしては、上出来だと思っていたんですけれどね」
「……え」
「私のためにがんばってくれたのでしょう? 心がこもっているのなら、形なんて些細な問題ですよ」
昼間のあれはわざとです、だなんてさらりと言ってのける。待って、それどういうことよ。
「しかし、安心しました。全員に同じものを渡して回っているようだったので、私もその他大勢と同じなのかと不安になったんですからね」
「わ……わざとよ、わざと。ちょっとびっくりしたでしょ?」
「ええ、してやられましたね。悔しいです」
そういって、どちらからともなく笑い出す。ひとしきり笑ったところで、トレイが口を開く。
「ホワイトデーは三倍返し、なんていうんですか?」
「三倍返しは大歓迎よ。でも、何かお返しにくれるだけでいい。気持ちがこもってたら、何だっていいっていったのはそっちでしょ?」
そう言えばトレイは、違いありませんね、といって笑った。