「私ね、赤也のこと嫌い」


なんていうことだろうか。隣で笑っていた彼女は表情1つ変えずに俺にそう言った。今までの会話の中にどんな素振りがあったというのだろうか。俺はただ丸井先輩にジャージを借りに行った話をしてただけなのに。ちょうど家の前についた先輩は変わらず笑ったまま別れの言葉を告げて家の中に入っていく。久しぶりに先輩と帰れて幸せだった俺にその一言は大打撃をあたえた。もう何も頭に入んねぇ、自分の頭のあらゆる箇所を鈍器で四方八方にぶん殴られた感覚だった。

今日はいつも通り朝練をして、何を言ってるか分からない授業を受けながら寝て、ジャッカル先輩に辞書借りに行って、途中で出くわした真田副部長に一括いれられてから今日は隣のクラスで昼飯食べて丸井先輩にジャージ借りに行ってそのまま下校しただけだ。丸井先輩たちのクラスには遠目だったがなまえ先輩もいて普通に手を振ってくれたし、一緒に帰ろうと授業中に打ったメールにも絵文字をつけて返してもらった。今日といって特別嫌われるようなことは何もしていないはずだし、昨日までと全然変わっているはずもない。じゃあ何がいけなかった?もしかして初めて会ったときから嫌われていた?………やっべー、そう考えたらめっちゃ落ち込んできた。やめだやめやめ、もう寝よう。普段は楽な姿勢のはずなのに全然楽でもなんでもないベッドの中に入って俺は目を閉じた。そういえば今日の先輩、髪型ポニーテールだったな、すっげー可愛かった。





どれほど先輩は俺のことが嫌いなんだろう、夢の中での先輩はものすごい笑顔で俺に「嫌い」と言ってくるのだ。しかもそれを5回くらい繰り返し。正直キツいにも程がある。泣きたい気持ちを抑えていつも通りに登校するも、朝練に遅刻しただけで真田副部長から朝からのお怒りの説教を食らった。何、俺今月死ぬの?
なるべく先輩に会わないように教室から出ないように心がけた今日に限って、移動教室は3時間もあるし、丸井先輩に呼ばれるしで(なんだよもー自分でこっち来いよー)散々な一日だ。しかも、だ。ちょうど教室であった授業では先輩がグラウンドで体育をしている姿があり、自然と目が追ってしまう。俺に気がついた先輩は昨日の雰囲気が無かったかのように手を振ってくるし、俺が3年B組の教室に行ったときも遠目で笑いかけてくるし、食堂で会ったときなんかニコニコしながら近くに寄って話しかけて来るんだ。そのたびに昨日の言葉を思い返して悲しくなる反面、先輩への恋心へも再確認してしまう。いったいこの人は俺をどうしたいのだろう。





「あーかやっ、今帰り?」


集中できていないとしごかれたと思えば今日は外周しとけだなんて先輩たちもひどすぎる。テニスもできなくて最悪な1日を終わらせるための校門の前で後ろからその要因の第1にあたる人物の声が聞こえた。一緒に帰ろう、そう言った先輩は俺の隣に立つ。先輩はとくに部活をしていないあたり、今日はきっと委員会活動をしていたのだろう。そのときにでも髪を結んでいたのだろうか、先輩の髪の毛はゴムで縛られたあとが薄っすら残っていた。そういえば今日の体育のときもポニーテールだった気がする。いつものように綺麗な髪をおろした姿も好きだが、たまに髪型を変えている先輩もすげー好きだ。こう見えて委員会の委員長を任されている先輩も、誰にだって優しい姿も、結局先輩の全部が好き。それじゃ、先輩は?俺は、先輩が本当に好きで、3年B組に行くたびに先輩に話しかけに行って、たまに仁王先輩たちと話してるときはすごく嫌な気持ちもした。メールだってやってるし、先輩のことが好きなのかと他のやつらに聞かれた事もよくあった。先輩は今までその俺の好意に付き合っていただけなのか?俺が嫌いなのに、メールも返してくれて話もしてくれて。本当は仁王先輩なんかが好きで、俺のことはどうでもいい嫌いな後輩だったのか。そう考えたらもやもやと、すげー嫌な気分がした。


「…赤也?」

「………」

「どうしたの?早く帰ろ?」


頬に触れそうになった先輩の手をつかむ。先輩は声を上げず、ただ少しだけ驚いた顔で俺を見ていた。少し心配そうな顔をしたその表情が本当のことだというくらい、先輩が嘘をつけないことくらい分かっている。だけど。


「…赤也、」

「…なんだよ、嫌いって。嫌いなら、…俺なんかに付き合わなければいいだろ…!嫌いなら、思い切り突き放せよ…!」


俺は、こんなに先輩が好きなのに。
消えそうな声で呟いたこの台詞が先輩に届いているかなんて分からない。ただ先輩が好きで、先輩も少しくらいは俺と同じ気持ちでいてくれると思っていた。そんなのはただ俺の勝手な思い込みに違いないのに。今日散々悩んだことを簡潔に吐き出したら、だんだんと目頭が熱くなってきたのが分かる。先輩はもう一度、俺が掴んでいた手をそのままゆっくり、俺の頬へ触れさせた。先輩の手は、暖かい。


「…私、赤也のこと嫌いじゃないよ、赤也のこと、大好きだよ」

「…なんスか、いまさらそんな…」

「嘘じゃない。私は赤也が好き」


先輩は嘘がつけないのくらい知っているからこそ、今目の前で言葉を発した先輩の目は嘘なんてついていないのが分かる。でも、確かに昨日俺を嫌いだと言った先輩もこのまっすぐした目と変わらないほどだった。どういうことだろうか、俺の脳内はさらに分からなくなる。


「赤也は好き、だけど、私を頼ってくれない赤也なんて嫌い」

「………」

「昨日だって丸井くんに用事が会って来たでしょ?ジャージなら仕方ないけど、それでもいつもなら一番最初は私の方にすぐ来てくれるのに、なんてね」

「……せんぱい、」

「私はね、誰より赤也の頼りになれる人になりたいんだ」


そう言った先輩はすぐに苦い笑みを浮かべていたけど、頬は赤く染まっていることを気が付いているのだろうか。そのまま先輩を俺の方にゆっくり引き寄せて、先輩の肩に手をまわすようにやさしく抱きしめた。とは言ってもそれは形だけで、俺と先輩の間には数センチばかりの距離がある。俺だって、誰よりも一番先輩の頼りになる男になりたいし、先輩を守ってやることのできるような男になりたい。そして、先輩を一番幸せにできるような男になりたい。やばい、別の意味で泣きそうだ。そんなことを知る由もない先輩は声を漏らして幸せそうに笑った。そんな先輩がやっぱりすげー可愛くて、すげー好きで、そして俺は、



彼女の額に唇を落とした




20110619