中学に入学するころ、私は大阪から東京の方に越してきた。みんなと中学にあがるんだとばかり思っていたからこの引っ越しは私に凄く衝撃を与えたし、こっちに来てから数週間は寂しい日々を過ごした。だけど暫くしたら慣れるもので、中学3年間を過ごしたあとはまた仲のいい子達と高校に上がった。

私と白石蔵ノ介は小さい頃から仲がよかった。言わば幼なじみというもの。こうして私が東京に来てからも連絡を取っている。私が通うはずだった四天宝寺中の話も聞いてきたし、小学生のころ仲の良かった他の友達とも連絡をとれているのは彼のおかげだ。彼の友達のいとこがこっちにいるらしけど、人が多いこっちでは出会う方が珍しい。昔から女子に人気のあった蔵ノ介は今ではすれ違う人が振り向くほどかっこよくなっていた。実際に私も写真を貰ったときは心臓が小さく脈うったのを覚えている。だけど蔵ノ介とは幼なじみ以上の何かを感じれない。だから私が蔵ノ介に対してドキドキするような、彼を好きになることもないだろう。そんな蔵ノ介には彼女がいない。一度だけ問いかけたことがある、どうして彼女を作らないのか。そうすると彼は苦笑いをしながら言った。「他の女の子じゃあかん」だと。ずっと前から心に決めた女の子がいるのだろうか。その子に言わないのか。どっちにしろ、彼に想われているその子が羨ましかった、なんて。



「なんや、自分標準語じゃないんか」

「アホ、そない簡単に関西人のプライド捨てられんっちゅー話や」


受験を控える3年生、を控えた私は大学の下見で大阪を訪れた。大学生になったらこっちで1人暮らしを始める。高校入学してから親との約束がとうとう目に見えてきた。

この長期休暇を使って久しぶりに訪れた大阪、3泊4日で蔵ノ介の家に止めてもらうことになった。幼なじみだから親も私も安心、蔵ノ介の家族も快く承知してくれた。会う前は緊張したものの長年会っていないのに落ち着いて挨拶を交わせるのは蔵ノ介だからこそだ。他の人だったら、必ず顔色を気にしてしまうだろう。ちみに関西弁を直す気はない。蔵ノ介は「どっかのスピードスターと同じ口調や」と笑った。





蔵ノ介と昔住んでた私の家はたった30メートルほどしか離れていなかった。私が住んでいた頃にあったものがそのまま残っているから、懐かしさが胸いっぱいに広がる。持っていた荷物を蔵ノ介が持っていてくれたけど、オレンジ地の花柄なんて似合わないから笑える。電話以上にペチャクチャ話していた蔵ノ介はそれに気付いて私の頭を小突いた。少し痛かったけど、なんだかんだ他の誰と過ごすより楽しいから蔵ノ介の家までの道のりは早く過ぎていった。





久しぶりに入った蔵ノ介の部屋も、家族の顔も家の置物も、私が覚えているものと何もかも違う。幼い頃の記憶なんてそんなものかもしれない。こうしてみると蔵ノ介の部屋はなんか男の子らしくて……いや、健康グッズがありすぎて訳が分からない。


「つかれたー」

「自分の部屋ここちゃうやろ」

「ええやんええやん」


ダンベルを手にとって上下に持ってみるが数回で諦めてしまう。部活帰りで疲れているのに毎日こんなことしているのだろうか。考えるだけ無駄な気がするから床に寝転んだ。蔵ノ介のことだからベッドで横になるのはお風呂以外は許さないんだろう。疲れているのは本当だ。目を閉じてみれば蔵ノ介の声が私の耳に届く。


「ちゃんと自分の部屋で寝ぇや」

「ちゃうわぁ、横になっとるだけや」

「今にも寝ようとしとるやんけ」

「えへへ…蔵ノ介も一緒に横になろうや」

「…………」


寝返りをうって顔の筋肉を緩ませた、が、…………おかしい。蔵ノ介の返事が返ってこないことを不思議に思い目を開けてみると、苦い顔をした蔵ノ介と目があった。何かを伝えたいのか、それが伝えられないのか。私は何も聞くことが出来ず、だけど目をそらすことが出来なかった。そうしてるうちに蔵ノ介の口がゆっくりと開いて言葉を発した。


「向こうでも、こない簡単に男の部屋に入るん?」

「………」

「一緒に横になるん?」


そんなこと、ない。こんな私でも彼氏と言う存在はいた。けれど、なんか違うんだ、私の隣にいるべき人はこの人じゃない。この人の隣にいるべき人は、私じゃない。彼から求められたキスも断った、恋人らしいことなんて下校のときだけ。結局短い期間の間で私たちは別れを告げた。

蔵ノ介の手が私の横に置かれる。彼と私の顔がさっきよりも幾分近くなった。


「…………」

「……くら、」

「好きや」

「………、」

「…昔からずっと、好きやった」


弱々しく呟いた蔵ノ介の瞳を見つめたまま私は何も言うことができない。沈黙を続けるこの部屋と一枚扉を挟んだ先に蔵ノ介の家族がいるけどそこから聞こえる声さえも私たちの耳には届かなかった。気がつけば近付いてくる蔵ノ介の綺麗な顔と、微熱を持った唇。拒むことは出来たかもしれないけど、私はそれをしなかった。もしかしたら私は昔から蔵ノ介のことが。ただ、答えを出すのが怖かっただけかもしれない。受け入れた自分のこの気持ちにはもう気が付いている。今度は私から彼に近付いていった。静かに受け止めてくれる彼の顔に胸がドキドキした。


20110505