あれから翌日の朝は、お風呂に入ってないことに気が付いて真っ先にお風呂に向かった。まだ乾かない髪の毛をタオルで包んでご飯の用意をする。

…仕事、行きたくない。





そう思ったのが3日前の朝。
つまり今はあれから3日過ぎたお昼のことで、普通に仕事に出勤している。あの翌日は社員数人が二日酔いだったり、中でも田中は机に突っ伏してて、二日酔いなはずな自称マドンナなあの子は幸せそうな顔をしていた。そのまた翌日はみんな復活していて、いつもと変わらない毎日がやってきた。…いつもと、変わらない。






“駅前の定食屋”




何も、変わらない。
…そう、何も変わらない。すごく緊張していたあの時だって、いつも通りエースさんから連絡がきて、緊張して顔を合わせたのにエースさんはいつものように笑っていて。…何これ、私馬鹿みたいじゃないか。



打ち終わった文章を保存し、指定された場所へと足を運ぶ。今日はさほど遠くない場所だったので普通に歩けば間に合う距離だった。すれ違う人たちがどこに向かうのかなんて私には分からないこと。それはあっちにも同じことで、私がこれから定食屋に行くなんてどうでもいいこと。予想してた時間より割と早めに着いたお店の奥の席にエースさんは座っていた。




手を振られたからそこまで早足で歩いていく。いつもの笑顔で笑われたから私もそれに返した。無理矢理で、ちょっと引きつってんだけどね。
エースさんの奢りだから結構な値をはる豚カツ定食を注文してから会話を続けていった。…あ、ちょっと落ち着いてきた。大丈夫、今なら普通に笑顔になれる。普通に笑える。…だけど、胸の中に残る曇りがかった気持ちは広がるばかりだ。


メニューが運ばれ一旦食事に集中し、話に一区切りついたあとに、そういえば…と話を続けた。




「田中よ、アイツ、あの…お前の友達の事可愛いって言ってたぞ」

「え!?マドンナを!?」

「誰だそりゃ」




彼女はマドンナと言われたいらしいんです。だから大目に見て、マドンナって呼んでやってくださいね。

それよりかも、エースさん伝えで聞く田中の気持ちにびっくりだ。じゃああの2人上手くいけば両想いじゃないか。なんだ、あの子も頑張ってるみたい。親友としても嬉しいよ。




「お前も大変だなァ」

「何がですか?」

「いや、置いてかれてよ」

「む…、置いていかれたんじゃありません、私が止まったんですぅー」

「なんだそりゃ」




そうだ、こんな感じだ。私の言ったことに対して笑ってくれるエースさん、その後に言う冗談に対して言い返す私。全部全部、笑いの一つで済ませてお昼も頑張りましょうねで終わらせる。そうだ、これだこれ。




「まぁ、さ。お前はお前なりに頑張ればいいさ」

「………」

「困ったことがあったら俺に言えよ。何でも話聞くから」

「っ………」




違う、何かが違う。エースさんは励ましてくれているんだろうけど、何かが心のどこか引っかかった。何。さっきより大きくなっていくモヤモヤした気持ち。…何、一体何。




「ま、お前は悩むなんてことしなさそうだけどな」

「………っ!」




ダンッー!


瞬間に叩かれたテーブルがものすごい音をたてる。お昼時だからかやたらと多い周囲の人の目線が痛い、なんてことも気にせずに。ジンときた手の痛みなんかも今の私には通じない。




「…なまえ…?」

「…っエースさんには、エースさんには何も分かりませんよ!私の気持ちなんて…っ!」




食べかけの豚カツ定食なんか気にするか。奢ってもらう予定だったけど、なんか悔しいので自分の分のお金を置いて仕事に戻った。着いてすぐに仕事に取り組む。エースさんがいつ帰ってきたのかとか知るもんか。ものすごい勢いで仕事に取り込む私はすごいオーラを発していたという。

残業もなく、ロッカールームで着替えてから同僚と別れて1人居酒屋へと向かった。所詮やけ酒やけ食いというやつ。財布にお金が入っていなくて少ししか食べれなかったのは悔しかった。




外に出ると当たりは暗かった。帰り道を虚しく1人で歩く。民間から漏れる楽しい声が私の寂しさをより一層強くさせた。




…何がモヤモヤしてるんだろう。何でエースさんにあんなこと言っちゃったんだろう。何か訂正したかったのかなぁ。…やだな、私。まるでエースさんのこと、好きみたいじゃないか。




「…そんなわけあるかって」




それは私の独り言で終わる予定だった。それを言ってからトボトボ夜道を1人歩いて帰宅予定だったのだ。だけどその予定ができなくなったのは、私の前方を歩くその人のせいなのだ。街灯と月だけが照らす真っ暗な道に立っているその人が私の知ってる人だと分かったのは、毎日見ている見慣れた格好、だからなのかもしれない。




「…どうしたんですか?」

「…いや、あの、よ」




お互い直視出来ないこの重たい空気。…き、気まずすぎる。真上に街灯があるもんだからお互いに顔は確認出来て、だけど目を合わせようとはしない。

しばらく沈黙が流れた後に、エースさんが、謝ろうと思って、と言って顔を上げた…ような気がした。




「さすがに、さぁ、あれはデリカシー無さ過ぎたかなぁって。…本当、ごめん」

「…………っ、」

「早めに謝っておきたくて…なんてさ、ストーカーみてェだな俺」




笑ったエースさんの声が聞こえた。ここで私も謝って、じゃあまた明日で終わらせればいいはずなのに、安心と一緒にまた不安がやってきて。悔しい悔しい悔しい。そう思いながら持っていたバックをエースさんの顔に投げつけた。あぁ、前が見えない。真っ暗だから?違う、視界がぼやけているんだ。




「エースさんは、知らないんですよ…っ!私だって悩んでいるのに、あんな言葉言って自分はヘラヘラ笑ってて…っ」

「………なまえ、?」

「…っ私だって…、私だってエースさんのことで悩んでいるのに…!」




ぐいぐいと押し寄せる涙が我慢できずに溢れだしてしまう。化粧なんて知るもんか、手で涙を拭こうと必死になって前が見えなかった。突然、ふわりと私を暖かい感触が包み込む。




「…ごめん、それ良い意味に捉えていいわけ?」

「…分かりません」

「じゃあ捉えます」




今になって考えれば、我ながらすごい言葉を言い放ったもんだ。…恥ずかしい。まるで私がエースさんを好きみたいじゃないか…あ、そうか。私エースさんが好きなのか。そうなんだ。




「………あ」

「…どうした?」

「あのっ、でもエースさん言いました…あの日、好きじゃねェと出来ねえって…」
「…あー」




一旦私を引き離したエースさんの顔はどこか少し、照れているみたいだった。そしてもう一度しっかり私の目を見て声を出した。…やばい、照れる。




「あ、あれは、お前が、本当に俺を好きじゃなきゃ出来ねェって意味だ!…俺は、好き…だった」




結局私もいつの間にかエースさんが好きだった。なんだ、簡単な両想いじゃないか。真っ赤な顔したエースさんがもっと愛しくてしょうがない。






「エースさん、今晩食べに行きますか?奢りますよ」

「よし、今日は食うぞ!なまえと俺の記念だ!」

「あ、やっぱり家で料理しましょうか?」

「それもいいな、新婚みてェだ、新婚初夜だな!」

「…………やっぱ帰ってください」



飛び出せ、
1・2・3!



20100630

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