「…んまっ」




んまんまんまっ!
目の前に出された肉やらご飯やらを次々口に含んでいく。ときたまジュースに酎ハイに。



取引先との交渉が全てうまくいったということでうちの部署は今日飲み会なのだ。祝い事が大好きな部長だからこういう事は度々ある。まあそんな場所だからこそ、いて楽しいんだけど。




「なまえ、食べ過ぎだって」

「んだってコレんまいよ」




私を止めつつも次々に橋を進める周りの女の子。絶対私が食べる量より多いからね、それ。




「それより田中くんは?」

「げほっ!」

「田中くん!今日話しかけるんでしょー?」




少し意地悪に言ってみる。自称マドンナの友人はさっきまで「この飲み会で田中くんと仲良くなる」と言っていた。肝心の田中がいないじゃないか。彼女の指さされた方を見てみると、先輩後輩関係なく男性がテーブルを囲んでなんやかんや騒いでいる。ビールの飲み比べやら早食い競争やら…なんとも子供じみた。その中にエースさんも混じっているのが少々複雑だが。




「アンタこそエースさんはいいの?」

「はァ?なんでエースさんが出てくるのよ」

「なんでって…え?エースさんの事好きじゃないの?」

「……はぁ」




エースさんはそんなんじゃないよ。そんな対象じゃない。ただ私の先輩で上司で優しくて楽しくて、お兄ちゃんみたいな人。私はわがままで甘えん坊で見てて不安な妹タイプ。お互いにそんな感じだよ。

ふぅん、彼女はそう言ってからまた焼き鳥を口に含んだ。遠くで聞こえる男性グループの声がやけに大きく聞こえる。田中うるさい。そして私もコップに注がれた酎ハイを一気に飲んだ。…うぇっ。









「2次会行く人ー!」

「「はあーい!」」




田中のかけ声によって多数の手が上がる。先輩の前で仕切るなんて強いな田中よ…って先輩も行くんかい!よく見れば自称マドンナのあの子も密かに手を挙げて田中の横にくっついた。やるじゃんあの子。




「はーい私も行きますー行かせてー」




手を挙げながらよろめく足で歩いていると誰かにぶつかってしまった。うぅ、筋肉質だこの人。




「うわぉ、ごめんなさいって、エースさんじゃーん」

「お前…酔いすぎだ馬鹿!」

「そーですかァ?あ、ちょっとどいてください。私2次会行くの」

「お前それで言っても吐いて終わるのがオチだぞ。今日は帰れ」

「えー!やだやだやだー!」

「わがまま言うんじゃない!」




お母さんか!突っ込んでみたけど盛大に無視された。遠くなっていく2次会メンバーを後ろにエースさんの肩を借りながら並んで歩く。



おぼつかない足取りではなかなか前に進まなくて、エースさんが私を背中に乗せてやるというポーズを取ったから背中に思い切り抱き付いた。大幅によろめいたと一緒に苦しそうな声が聞こえたけど気にしない気にしない。

…エースさんの背中あったかーい。





「おい、お前のマンション着いたぞ」

「……316号室」

「…部屋まで送っていけってか」




歩くにつれて揺れる私の体。エースさんの背中があったかくて気持ちよくて思わず顔が笑ってしまう。部屋の前についたらエースさんは鍵を探して扉を開けた。ちゃんと毎日掃除してるからね、部屋は綺麗なのさ!




「ベッド…」

「はぁ…お前ちゃんと着替えて寝れよ。あと歯磨きと風呂は入れ。化粧したまま寝ると肌が荒れるぞ」




エースさんって本当お母さんみたいだ。部屋の扉を開けて寝室を探すエースさんに声をかけた。




「エースさん、うちでお茶してって下さいよぅ」

「酔ってるやつの台詞じゃねェだろ」

「酔ってないですぅー、これであのときのお礼チャラですね」

「…そういや俺お前に奢られてない」




寝室についたエースさんは私をベッドに乗せる。ふかふかベッド、私の自慢。だけどそのベッドに座るエースさんの背中を私はずっと離さない。




「おいなまえ、離せって。着いたぞ」

「んふふっ…」

「笑う所じゃねーだろ」

「……エースさんの背中、あったかい…」

「…………」




と、その直後突然私の体がベッドに倒れた。体に当たる暖かい体はなくて、その体が今は私の上にあって。下はふかふか自慢のベッド、上には上司であるエースさんとさらにその上に真っ暗な天井。びっくりして、酔いなんかすぐに覚めた。私を見つめるエースさんのそんな顔なんて、見たことない。お昼休みのときだって、あのとき初めて見た仕事に集中するエースさんの顔も、どのときとも違うその顔なんて。




「お前が悪いんだ、1人暮らしの部屋に男なんか呼ぶから」

「エ、エースさん…っ!?」

「…後悔すんなよ」

「エース、さんっ…!」




エースさんが私の耳に息を吹きかける。驚いて体をビクつかせると、エースさんの顔が耳からゆっくりと首もとに移動して。吹きかかる息がくすぐったい。必死に抵抗するけど男の人の力に勝てるわけがなく、それを耐えるしかなかった。




「…………、」

「……エース、さん?」



が、首もとに移動したエースさんが突然止まった。不思議に思った私はエースさんに声をかける。だけどぴくりとも動かずに、そのあとすぐに顔を上げたその表情を、私は忘れられない。

初めて見た。エースさんの、そんな悲しそうな表情も。




「ごめんな、俺も酔ってたみたいだ」

「え…?」

「無理やりこんなことさせて」

「え、エースさん?」





「…ごめんな……本当に好きじゃねェと出来ねェ…もんな」




その一言を、私は聞き逃さなかった。


真っ暗な寝室と逆光のように射す光でエースさんの顔が見えない。…なんで、どういうこと?



風呂と歯磨きは忘れるな。明日の仕事遅刻すんなよ。…あと鍵は閉めといてくれ、ごめんな。
ガチャリ、扉の閉まる音が聞こえた。未だにあの行動と一言が忘れられない。酔いも眠気もなくなった私は立つことさえできずに、ベッドの上でただ大人しく座ることしかできなかった。


…なんなの、よ。一体…





20100627

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