ピロリロリンッ


リズムの良い音にのせられて光り出す携帯を手に取った。そこに移るのはエースさん、というたった5文字の名前。音を無くした携帯を手に新着メールを開くと、いつも通り羅列される要件と可愛らしい絵文字が書かれていた。





「……えぇっ、」




そのメールを見て、私の顔は引きつらせたということを彼は知らない。










「遅い。いつメール送ったと思ってんだ」

「そんな、こと、言われても…走って、きたんです、よぉぉ…!」




疲れきった体を椅子に預けると、すぐ目の前に湯気をたてるラーメンが入ってくる。今さっき来たと思われるラーメンの中にエースさんの割ったばかりの割り箸がのびた。……ぐぅ、食欲なんかは無いがお腹にはいっぱい入る隙間はあるのだ!食べてしまえ、ここはエースさんの奢りなんだからな!




「ていうかエースさん、要件がある時は電話でっていつも」
「おぉ、電話のがいいかもな」
「あ、やっぱこんなくだらないのに電話必要ないや。メールでいいですメールで」
「おい」
「ていうかあの絵文字なんですか、何が言いたいんだあのぐるぐるは…」
「ラーメンが食べたいんだってばよ」
「うずまきナルトか!」




ラーメン食べたいっていう気持ちからラーメンに入ってるナルトかと思いきや、ラーメン食べたいうずまきナルトからきたのか。…やっぱりこの人にはついていけない。



ちなみにエースさんはこのあと替え玉を2回頼んだ。調子に乗った私も、お腹いっぱいの状態で頼んでみたがやはり2口食べてギブアップ。エースさん頼みましたよ、と。あぁそういえば今日は寝ないんですね。という前に寝やがった!







エースさんは高校の時の先輩だ。その笑顔とユーモアな性格に、学年を問わず人気者で誰とでもが仲良かった。だけどそんな彼と私は全くの知り合いでもなければ話をしたこともない。共通の友人はいたと思うけど、だからといって仲良しな訳じゃなく、ただただ有名だったから彼を知っている、そんな関係。そんなエースさんが、新しく入社した私のことを知っていたことに驚いた。「あ、あんた確か同じ高校だったよな…なまえ、だったか?」、名前まで知っていてくださったのか…!それから学校の話や当時の同級生の話で盛り上がった私たちは、社内でもよく話をするようになった。最近ではよくお昼ご飯を一緒にする…エースさんの強制で。










「うあ…あぁ…ああぁぁ、」




最悪だ!行かなけりゃ良かったお昼なんて!今現在目の前に広がるこの書類を見たら必ずしも誰もが思うだろう。ちょっと遠目のラーメン屋さんでご飯をしたことも、エースさんに誘われて公園で一休みしたことも、帰ってきてからゆっくり缶コーヒーを飲んだことも(苦かったからビスタさんにあげたら結局エースさんが飲んだ)、全て全て後悔した。むしろエースさんを心の底で恨んだりもした。



打ち終わるわけないじゃないかァこんなの!お疲れ様でしたって…帰るな同僚よ、私と目を合わせてくれ…!




「終わん…ない」



いつもなら今頃ロッカールームを出てみんなで夜ご飯をどうするか話しているときなのに…どうしてこんなことに…私がエースさんに着いて行ったのが悪い。




「うぅ、うぅー…」

「…何泣いてんだ」




顔をデスクに突っ伏した姿勢の後ろ側で、私に話しかけるかのような声がした。この声は今恨みたい人ナンバー2のエースさんだ(ちなみにナンバー1は自分)。




「…見て分かんないんですか、残業ですよ残業。…終わんないんですよ」




どうして一緒にお昼をあんなに休んだエースさんが私の後ろで帰る用意をしているのか。答は簡単だ、意外にもエースさんは仕事ができる。びっくりするくらいできる。…悔しいほどできるわけで、私はそれが悔しいほど憎い。主犯が通常通り帰れて巻き込まれた私が何故残業しなきゃならないのか。どう考えても答えは見つからないので考えるのはやめにした。…悔しい。




「あー、昼のアレか」

「…はい」

「あー…なんか俺のせいっぽいな、ごめん」


「………はい?」

「いや、悪いから手伝うわ」




突然隣に座ったエースさん。…優しいじゃないか、ヒーローじゃないか!黙って私の書類を目の前のパソコンに打ち込んでいく。…それ私のパソコンなんですけどね、私やることなくなるんですけどね。



そのまま作業をするエースさんを黙って見続ける。お昼時には見せない真剣な表情に少し見直して、静かな空間に少しずつ目が重くなって…目が…




「おい、寝るなよ」

「寝ませんよう…」

「寝る寸前じゃねーか」

「だから………んぅっ」




次第に瞼が重くなっていった。真っ暗な世界にはもう誰も写さない。あぁ気持ちいい。眠る前に私の頭に触れた暖かいあの感触に、今はまだ気がつかなかった。








「んんっ…」




目が覚めたのはそれから1時間半後のこと。隣にいたエースさんはいつの間にかいなくて、変わりにお昼飲んだ缶コーヒーより少し甘めのコーヒーと、私に掛かっていた1枚のジャケット。確かこれは、今日エースさんが着ていたもので…、前に置かれた書類が完成されていたことに、エースさんが仕事を終わらせてくれたことに気付く。


掛かっていたジャケットを綺麗に畳んで鞄に詰めた。鞄から取り出した携帯電話のメール作成機能でつらつらと文章を打つ。




『お仕事終わらせてくれてありがとうございます。今度晩ご飯奢らせて下さいね』




さあ、今夜の晩ご飯は何にしよう。美味しいものを作ろうと考えつつ、缶コーヒーを口に含んでみた。私の大好きな味で、これだけで私の胸とお腹はいっぱいになった。


『言ったからな』





20100627

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