…何この男、感じ悪ッ。





放課後、銀八先生に頼まれてやってきたZ組の教室は意外にも綺麗だった。誰もいないのか静まり返った教室、校庭にさえ人の姿が見えないこんな放課後、どうして私がここに残っているかというと、銀八先生が「うちのクラスのやつの国語見てくんない?」と言いだしたのだ。これでも私は頭がいい。自分で言うなとはよく言われるけど、国語だけは毎回トップ争いの仲間入りをしている。人の感情なんか読みとるのは朝飯前よ。そんな私がなんでZ組のやつを、そう思ったのは確かだが、いつもお世話になっている銀八先生の頼みごとに耳を伏せるのは良心が痛む。快くOKサインを出して、ここにいる。銀八先生?だっていつも可哀想な顔と目してるし。人の気持ちを読むのは得意なのです。




ガラリ、戸を開けた先に座ってい彼と目が合う。軽く銀八先生が互いの紹介をする。うん、第一印象、不機嫌な人。くりくりした目とサラサラな髪の毛がこれほどにないくらい羨ましいが、その少しだけ逆ハの字の眉毛が全ての原因を引き起こした。



「こんにちは、これからよろしくね」



にっこり笑って右手を差し出した。向き合った机二つ分の距離が握手に必要な距離をさらに遠ざける。彼も変わらない顔で短く挨拶をして、手を差し出したのだが。…は、何様。私が右手を出しているにも関わらず、彼は左手を出してきたのだ。左手の握手は悪印象だという。ちょっと待て、出会ったばかりの私がアンタに何をした。むしろそれは私じゃなく銀八先生にするべきだと思うが。…何だこの男、感じが悪すぎる。
人の気持ちを読むことは得意だ。彼は私を迷惑だと感じている。必要だと思っていない。私は黙って右手を引っ込めた。そのまま左手も出さずに用意された椅子に腰を降ろした。会話は勿論無し。そんな無愛想男の名前を、沖田総悟といった。








「違う」

「…分かってらァ」



分かってんなら書きなさいよ、口から出そうになった言葉を引っ込める。
あれから毎日放課後には2人で勉強をすることが行われた。相変わらず、あーだこーだあの人はかっこいい、あの恋人は、私の彼氏って、なんていう盛り上がる話の素振りも何も見せはしないけど、最初のころとは違う、一言二言の言葉のキャッチボールを交わすことはできるようになった。沖田総悟の今までの国語の解答例を見ていたら、本当にこいつが何を考えているのか分からなくなる。土方くんとやらの抹殺計画しかたてていないようだけど。…ま、どうなろうが私の知っちゃこったない。



そんな生活も、今日でおしまい。


来週から始まるテストでこの結果の成果が出る。私が教えたんだから少しはあがっていてほしい、というか沖田総悟はきっと頭はいいと思う。なんでそんな計画ばっかりたてるのか、そんなことしなければきっと学年トップクラスは狙えるのに。


とまあ、彼の心配をしてもしょうがない。私も、今まで出来なかった分をこの土日で頑張ろう。大丈夫、一生懸命頑張れば今までみたいにトップ争いには参加できる。




「んじゃ、今までありがとうございやした」



静だった教室全体に響くように椅子をひいた。瞬間に言われた一言と、そして差し出された沖田総悟の、右手。…もしこいつが、この期間に私の好感度が上がったとしても、私のこいつに対する気持ちは以前と変わりはしない。沖田総悟の右手の前に、ゆっくりと私の左手を差し出した。どうだ。これがアンタが私にしたことだ。そのまんまゆっくり引けばいいのよ。私の右手には、沖田総悟が手を引っ込めていつ私が帰ってもいいように、荷物を全て入れた鞄が持たれていた。こいつの鞄はそのまま机の上に乗っていて。



「……………」




何、よ…

まん丸とした目が私の左手をずっと見る。理解してるなら早く手引っ込めてよね…私が帰れないじゃない。
私が手を引っ込めようとしたその時、目の前にいる男はとんでもない行動に出たのだ。




「…………え、ちょっ…!」




繋がれた沖田総悟の右手と、私の左手。声を出すタイミングも掴めなく、沖田総悟は左手に自分の鞄を持って歩きだしたのだ。勿論、反対の右手には私の、手。ふりほどこうにもしっかり握られていて離れない。テスト週間で放課後だからか誰も残っていなくて、通り過ぎる教室を横目で見ても誰もいない。本当はそんな余裕あるならこの状態をなんとかしたいけどね。




「ちょっと…何してんの…っ!」


「アンタがこうしてほしそうだったんで」


「そんなわけないじゃない!離して!」


「嫌でィ」


「は…っ?」




立ち止まって、振り向いた沖田総悟と目があった。長い、こんなに目が合うのは初めてだ。少し胸の奥が熱くなる。何考えてんだ、こいつは。…ううん、今私は何を考えているんだ。何、余計なこと考えてるんだ。違う、違う。今はなんでこいつがこんな行動しているかだけで。自然とほどかれた手。逃げるなら今のうちなのに、なんでそれが出来ないの?




「アンタがしたくなくても、俺がしたいんでィ」


「…意味、分かんない」


「国語得意なんだろ、俺の気持ちくらい読み取れ」




そんなポーカーフェイスじゃ分かるものも分からないわ。かち合った視線に目を伏せた。なんだか逆に私が見透かされているようで。こいつの前じゃ私は私を失って、こいつの気持ちを察することができないのはもちろん、むしろ逆に気持ちを読まれてしまいそうだ。



繋いだ手は離れることなく握り合ったまま。私の力が強いなんて、認めてやらないんだから。



20100610
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