08.見つめる の続き




“明日、入荷するみたいよ”




同じバイト先の、ファッションに詳しい女の先輩に聞いてみた。彼女の探していた雑誌は、明日入荷らしい。時間帯は分からない、けど、明日。


白いメモ用紙に書かれた11桁の数字。何度も見返して、備え付けの電話を手に取った。




『……っはい』



電話越しに、少しだけ慌てた彼女の声が聞こえた。この間とは違った声で、そういえばこの間は、あのあと戻ってみたら俺の友達が来ていて、からかわれるのもいい加減にしてほしいし何せあまり見られたくなかった(彼女にからかわれる姿なのか、友達に彼女を、なのか)から、早めに済ませた。それなのにあいつらときたら「何だったんだ?」だとか「可愛い」だとか、おまえら何しに来たんだよ、ふざけんな!


話を戻して、俺がこの間のコンビニのやつだと告げると、緊張していた声が音を出すかのように消えていったのが分かった。



『あっ、はい!』

「言っていた品、明日入荷予定です」

『あ…はい、そうですか、ありがとうございます』



だけど、どこか浮かない声に違和感を感じる。しばらく沈黙が続き、彼女の手によって電話が切れようとしたとき、声を出してみた。どうかしたのか、そう聞く俺に、しばらくして口を開いた彼女。



『…時間帯は、決まっていません、よね?』

「時間帯…スか?」

『はい』



時間帯は分からないが、きっと届くのは早くて昼過ぎだ。そのことを告げると、分かりました、ありがとうございますとだけ彼女は言った。



「明日何かあるんですか?」

『ちょっと…用事があって取りに行けないんです。朝なら大丈夫なんですけど』



入荷された午後には用事があって取りに来れない。毎月発売日に買いに来るほどだ、入荷日が遅れたうえにやっと入荷日の明日も買いに来れない。相当ショックを隠せないだろう。さらに最近話題の雑誌だ。すぐに無くなるのは目に見えてる。だからと言って、今日他のところに行くのは嫌だ。売り上げとかそんなんじゃなくて、俺が。



「…あの、在庫1冊分取っておきましょうか」

『え…!』

「午前中に届いたら連絡するんで。…あ、届かなくても」

『い、いいんですか!?』

「はい」



なんて、俺明日シフト入ってねーんだわ。まあ在庫と入荷の知らせは先輩に頼んでみるとして…。付け足したかのように言った言葉が否定されなくて良かった。届いても届かなくても、明日また電話できるように。うわ、なんか恥ずかしーの。






そしてやっぱり、午前中には入荷はしない。頼んだ先輩に「珍しいじゃん、おまえが」なんて言われたから、お客様の為ですと答えてやった。もっとニヤリと笑った顔で見られたのが嫌だった。



…よし。

気合いを入れたのはいいものの、いざ電話から聞こえる待ちうたを聞いていると要らない感情が押し寄せて。倒れそうになるほどドキドキしてる。


『もっ、もしもし!』

「あ、こんにちわ、あの、昨日の」

『店員さん、ですよね』

「はい、突然携帯ですいません。バイト入ってないっつーかなんつーか…」

『ふふ、大丈夫ですよ』



電話先で行われるやり取りがムズムズする。電話1本で繋がっているんだ。この間彼女を見たばっかなのに、もうどんな風な格好だったかを忘れて、だけど忘れることの出来ないあの笑顔。


午前中は入荷しなかったことだけ告げて電話が切れた。…なんか、すっげぇ寂しくなるもんなんだな。夕方を過ぎたあたりに先輩から連絡がきた。彼女のために頑張れよ、なんていう要らない言葉が付いてきたのは正直イラついたが(何を頑張るんだ)、否定は出来なかった。





次の日来店した彼女は、白いスカートとゆるく巻かれた髪を綺麗になびかせていた。俺を見るなり微笑んでレジの前にやってくる。悟った俺はぎこちなく笑顔を作り、例の雑誌を取りに行く。周りの女子のようなケバケバした化粧や胸元や短いスカートだったりの見えすぎる服じゃなくて、こう女っぽい、可愛らしさのあるそんな雑誌が彼女に合っていて。この間よりも高鳴る心音に落ち着きをかけてレジへ向かった。



「ありがとうございます」

「いえ、お値段が「…あのっ!」」



これで、普通の店員と客に戻るんだと思うと寂しくて、あの電話番号もそのまんま、消えるのを待つのかと考えると空しくて、たまに店で会ってももう話もしないんだと考えると嫌で。そんなときに彼女が声を出した。ビックリして見てみると、少しだけ頬が赤い彼女。



「連絡、ありがとうございます」

「あ…、はい」

「あの、それで…楽しかった、です。ほんの少しの会話しかしてないけど…!本当に…」



それで、もしよかったら…
それで彼女は目の前に携帯を持ってきた。午前中早かったのか、今出ていった家族連れのせいか客は彼女だけ。気を利かせた先輩は奥に入っていく。つまり、このコンビニの中は俺と彼女の2人だけで。…やべ、さっきより、やべェ。




「よかったら、もっと連絡したいなって…」

「………」

「良かったらアドレスとお名前、教えていただけませんか?」



そういえばこうやって注文品を頼んでいるにも関わらず俺らは互いに名前を知らなかったのだ。エース、と自分の名前を告げると彼女ははにかみながら「エースさん」と言った。彼女はなまえと言うらしい。


この間まで店員と客だった関係が随分あがったもんだなと感心した。それと同時にこんなに嬉しくなるもんだなんて、思いもしなかった。今すぐに叫びたかったけどそりゃ無理だ。さんざん花散らしたバイトから帰ってルフィに言われたのが「エース気持ち悪ィ」で、かなりのショックを受けたがすぐに着たメールを見て一気に吹き飛んだ。あーあ、俺。かなりやられちまったみてーだ。




近づく:エース
20100523

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