俺と弟の生活費のため、高校生にあがってすぐにバイトを始めた。飲食店、配達業、夏休み限定のバイト等あちこちを転々とし、ようやく最近落ち着きはじめたバイトはコンビニの店員。最初のシフトは週2の比較的楽な仕事だったが、学校帰りにもバイトを入れ、忙しさは倍増した。だけどまあ、その分の疲れを家で発散したときの勢いはすごい。結果的に言えば、忙しくもそれなりに充実した日が続いた。


ここで働き初めて約3ヶ月。お前がよくそこで続くねい、と、マルコに言われたが、本当にそうなのだ。はっきり言えば、たまにやってくる同級生にからかわれたり、変な客に絡まれたりと多少イライラすることもある。給料だって他のとこが絶対高いに決まってる、最低賃金ギリギリなコンビニ店員なんかやるより他のとこでバイトするよ。…と、まあここまでは俺を含めた一般的なやつらの意見なのだが、どうにもおかしいのはここからだ。

雑誌コーナーで立ち読みする3人。うち1人は常連客の女。毎月うちで雑誌を買っては、週1・2ペース(多いときは4回くらいだな)でうちにやってくる。学校帰りの寄り道なのか、迎え待ちなのか、何も買わずに出るときやただジュース1本だけだったり、この間はペンを買って帰っていった。彼女とはよく顔を合わすのに、俺がレジを担当したことは指に数える程度しかないのだ。それは俺だけに限ったことじゃないのだが、やっぱり店員としては気になったり…店員として、は。



俺のコンビニ事情はここまでにして、今日は平日の夕刻過ぎだからか客の少なさに比例して、店員も俺1人。もともと人通りの少ない場所に面した場所だから人数は少ない(商品の数は豊富だったりする)。男2人が帰っていって、店内には俺と彼女の2人だけになった。しばらくうろうろする彼女を目で追った。何か探しているのか、駄目だ、目、追うな。俺。

数秒雑誌のところで立ち止まって、何を決意したのかゆっくりとした足取りで歩いてくる彼女。そして俺の前に立ち止まって一言、



「…あの、これ。」



…話し、かけられた。

彼女が指さしたのは、彼女がいつも買う雑誌の増刊版、とでも言うのだろうか。今日が発売予定だったらしく、ここには置いていない。品揃えだけはどこにも負けない自信はある。遅くなっても入荷だけは。



「今週末には入荷すると思うんですが…」

「そうですか…!」



安心しきったように彼女は笑った。初めて笑う顔を見る。そりゃただの店員と客の関係だし、ろくに話したこともないし。ただ、初めて見る笑顔が嬉しかったとか…店員として、客の笑顔を見れるものは幸せなもんだと、無理に解釈して。



「…よかったら、入荷したら連絡いれましょうか?」

「いいんですかっ?」

「はい。お待ちください」



慣れない敬語を丁寧に並べてから、連絡先を記入するために必要なものを取りに奥に入った。案の定誰もいない場所でメモ用紙とペンを手にする。


…笑うな、俺。話したからってにやけんな、俺。落ち着け、俺。




「…はぁあー…」



誰にも聞こえずにため息を吐きその場に腰を降ろした。急がなければ、いけないのだが、この顔と心音でどうやって顔を合わせればいいのだ。必要なものはもう手にしているのに、すぐにでもあっちに行けないのは俺にあるのだ。


少しだけ落ち着いたら行こう。この顔だって、見方を変えれば笑顔に見える。心音だって有線によってかき消されるだろう。だから、とりあえず今は落ち着け、俺。

いつも見ていた彼女



見つめる:エース
20100523

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