最期のプレゼント

外が薄暗くなってきた頃。
僕は覚束ない足取りで病室へ戻った。

「お兄ちゃん?!」

「不二先輩、びしょ濡れじゃないっスか!」

「…大丈夫。」

僕は眠っている華代を見ながらぽつりと言った。
桃も愛も、泣き腫らした跡が顔に現れていた。

「お兄ちゃん、目が真っ赤…。」

愛は心配そうに言った。
人工呼吸器を装着された華代を見て、再び現実を突き付けられた。
やっぱり、華代はもういないんだね。
心なんて何処かへ行ってしまえばいいのに。
そうすれば、こんな哀しみを味わう事もなくなるのに。

僕は愛が持っていた小さなハンドタオルを借りて体を拭いた。
愛と桃が心配そうに目を合わせた。
二人共、表情は哀しみに明け暮れていた。
すると、ノック音が聞こえてから病室のドアが開いた。
入ったきたのは華代の両親だ。
恋人の両親とこんな形で顔を合わせる事になるなんて。
華代という娘をなくした両親の気持ちを考えると、余計に心苦しくなった。
華代の父親が口を開いた。

「君たちに話がある。」

華代の母親は華代を見た瞬間に涙を目に一杯溜めて、ハンカチを顔に当てた。

「華代は4日もすれば、16歳になるんだ。」

12月5日。
僕も知っていた、華代の誕生日だ。
僕は訊ねた。

「それまで人工呼吸器を外さないという事ですか?」

「そうだ、よく分かったね。

僕たち夫婦はとても迷ったが、そうしようと思う。」

脳死状態の華代は生きているのか。
それ自体が肯定されるのかどうかが曖昧な世の中で、その決断は困難を極めたと思う。

「愛ちゃんもお兄さんも、それまで幾らでも華代に逢いに来てやってくれ。」

でも僕が気付いたのは、人工呼吸器を誕生日まで外さない事だけじゃなかった。
それを愛が震える声で言った。

「華代は誕生日が来たら…。」

華代の父親は黙った。
華代は誕生日が来たら、人工呼吸器を外される。
つまり華代はその日に――

「ざけんな!!」

叫んだのは桃だった。

「てめぇ…その日に華代を殺すっていうのかよ!!」

「桃、落ち着いて…。」

桃がまた父親に突っかかろうとするのを、僕が必死に制した。

「だって不二先輩、そういう事になるじゃないですか!!」

愛が華代の手を取り、泣き出した。
華代の母親も愛の隣で嗚咽を漏らしていた。
桃は怒りで我を忘れていた。

「華代を殺すなんて絶対に許さねぇ!!」

「桃!!」

病室が静まり返った。
叫んだのは、僕だった。

「華代はもう十分頑張ったよ。」

華代は盲目になった苦しさも哀しみも、乗り越えてきた。
手術の恐怖にも立ち向かった。

「安らかに眠らせてやろうよ。」

「…っ。」

桃は俯き、床に涙が沢山落ちた。
病室が哀しみに埋め尽くされた。
僕本人でさえも、悔しくて仕方がなかった。





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