君がいない
僕らが病院に到着したのは、学校を出てから2時間後だった。
学校側が急遽呼んでくれたタクシーに乗っている間、愛はずっとしゃくり上げるようにして泣いていた。
助手席の桃は唇を噛み締め、黙り込んでいた。
僕はまだ現実を受け入れられずにいた。
受け入れたくなかった。
これは夢だ――まだそう信じていたかった。
見たくもない悪夢なんだと信じたかった。
病院に到着し、手持ち金のあった愛がお金を払った。
病院のロビーまで三人で走った。
受け付けの女性看護師に、華代の兄である桃が呼吸を整えながら名乗った。
「あの…っ…桃城華代の兄ですけど…!」
「はい、お待ちしておりました。」
看護婦は僕らを待っていたみたいで、すぐに案内してくれた。
僕ら三人は看護婦に続いて早足で移動した。
華代、無事だよね?
階段を駆け上がり、桃城華代様≠ニ記載がある病室を看護婦が開けた。
其処で僕が見たのは、華代の両親、中年の男性の医者。
そして、ベットで眠っている恋人だった。
愛は慌てて華代に駆け寄った。
「華代!!
華代ってば!!」
一瞬身体が動かなかった僕も、目に包帯を巻かれた華代に慌てて駆け寄った。
華代は呼吸をしている。
でもこのチューブで華代の口を繋いでいる大きな機械は、一体何だろう。
華代は如何いう状況なんだろう。
「おいてめぇ!!」
桃が医者の襟首を掴んだ。
「武、止めるんだ!!」
桃の父親らしき人が桃を医者から引き離した。
押さえ付けられながらも、桃は叫ぶようにして続ける。
「華代に何しやがった!!
答えやがれ!!」
「武、いい加減に…!」
「うるせぇクソ親父!!
黙ってろ!!」
こんなに必死な桃を、僕は見た事がなかった。
桃の目からは涙がぼろぼろ溢れていた。
医者は目を瞑り、眉間に皺を寄せた。
桃を不快に思うような表情ではなく、何かを後悔しているような表情だった。
僕らはただ医者の言葉を待った。
沈黙は破られた。
「残念ですが、彼女は今…
――脳死状態です。」
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