祈り-2
「もしもし…!」
かなり息切れしながら応答した。
《もしもし、先輩?》
この愛らしい声は間違いなく華代だ。
呼び出し音がおわる前に電話に出られてほっとした。
今朝からずっと君の声が聞きたくて仕方がなかったんだ。
《授業中にごめんなさい。
病院の先生が、今なら少しだけ病院の電話を使っても良いって言うから、つい…。》
「大丈夫だよ。」
授業を抜け出してきた顔で平然と言ってみせた。
《先輩の嘘つき。
今授業時間ですよ?》
「あはは、ばれたね。」
何時ものように、僕らはクスクス笑い合った。
でも君は長くは笑っていなかった。
《13時から…手術なんです…。》
「!」
ついに、この時が来た。
僕はスマホを握る手の力を込めた。
「そっか…頑張ってね。」
他にも何か言ってあげるべきかもしれないけど、言葉が出なかった。
気が利かない自分を情けなく思う。
《頑張ります。
お星様も先輩の顔も見たいですから。》
君の声は震えていた。
怖いんだね。
「華代、緊張してる?」
《やっぱりちょっと…怖いです。》
今、君はどんな表情をしているのかな。
電話だと分からない。
今すぐ君の傍に行って、抱き締めてやりたい。
やっぱり学校を休んで君のいる病院へ行きたかった。
家族だと偽ってでも病院に入って、君に逢いたかった。
授業はちゃんと受けて欲しいという君の要望を振り切ってでも行くべきだった。
朝練には桃の姿があったし、華代が言い付けた通りにしたんだ。
《あ、時間が…。》
「華代。」
《はい。》
「応援しているよ。」
《先輩、ありがとう…。
それじゃあ。》
「じゃあ。」
通話が静かに終わりを告げた。
僕はスマホをぎゅっと握った。
如何か、手術が成功しますように。
華代に本当の光が戻りますように。
僕は暫くその場に立ち尽くし、成功を祈った。
その日の授業は手につく筈がなかった。
休み時間でさえも、君を想っていた。
ずっとずっと、祈っていた。
休み時間になると、僕は俯いて唇を噛んだ。
すると、英二が僕の肩に手を置いた。
僕が顔を上げると、英二が心配そうな顔で僕を見ていた。
「華代ちゃんなら大丈夫だって。」
「…うん。」
「約束通り、心の中で菊丸ビームを送ってるんだ!」
英二は祈るポーズを取ると、念を込めた。
そんな英二の様子に、僕は少しだけ気が紛れた。
でも、心配せずにはいられなかった。
僕も目を閉じて、華代を想った。
我に返ったのは、4限目開始のチャイムが鳴り響いたからだった。
「あ、授業始まっちゃう!」
むむっと祈り続けていた英二ははっとした。
英二は笑顔で僕の肩を励ますように軽く叩くと、隣の席に座った。
手術が始まってもう2時間以上は経過している。
不安は募るばかりだった。
華代…
華代…
無心に祈った。
ただ、祈った。
そして、転機は突然だった。
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