恋人-4
『先輩。』
「ん?」
僕らは抱き合った後、愛が用意してくれた紅茶をゆったりと啜っていた。
『コンクールで弾く曲、聴いてもらえますか?』
「当たり前だよ。
聴きたいくらいさ。」
『演奏する曲は3曲と決まっているんですけど、その中の1曲は自由に決められるんです。』
君は慣れた手つきでバイオリンを構えた。
何度か音を出して、何かを確認しているみたいだ。
「自由に選べる曲は何にするんだい?」
『チャルダッシュです。』
「良かった。」
『え?』
華代はバイオリンを構えながら、目を瞬かせた。
「華代が弾いてくれる曲の中で、最初に聴いたのがその曲だから。」
『もしかして気に入ってくれたんですか?』
「うん。」
君は嬉しそうだった。
チャルダッシュは君が学校の演奏会で弾いた曲だ。
僕は本当にこの曲が好きだ。
君が弾くからこそ、好きなんだろうけどね。
『自分が弾く曲を気に入ってもらえるのは、バイオリニストとして嬉しいです。』
君はそう言って微笑むと、僕の好きなその曲を奏で始めた。
目を閉じて演奏する君を見つめながら、僕は音色に聴き入った。
君は日本の頂点に立つバイオリニストで、僕はその恋人だ。
優越感に浸りながら、君の演奏にも浸った。
その後は点字を教えて貰ったり、君のバイオリンを触らせて貰ったりした。
とても有意義な休日になった。
その一方で、手術の日は刻一刻と近付いている。
2009.2.6
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