謝罪

からかうつもりだったとはいえ、自分から誘ったのは間違いない。
それでも、まさかこんな結果になるとは思っていなかった。
僕は座布団の上で華代の身だしなみを確認しながら、もう何度目かの謝罪をした。

「…ごめんね。」

『お願いしたのは私ですから。』

華代は無垢に微笑んでくれた。
僕もきちんと身だしなみを整えた。
リビングからこっそり抜け出す前と何も変わらないようにする為だ。
まだ余韻が残る身体は火照っている。

『嬉しかったですよ。』

「本当に怖くなかった?」

『はい。』

僕の心は罪悪感で溢れていた。
華代を本能的に求めてしまった。

「もっと長く付き合ってからこういう事になると思っていたんだ。

愛もそうだっただろうしね。」

『そうですね。』

華代は愛からそういった話も聞いているらしい。
愛がアメリカ人の友人から送られた避妊具の話を覚えていたんだ。
僕は愛の部屋にこっそり侵入し、一つだけ貰ってきた。
勝手な事をしたから、後で愛に謝らないと。
なんだかこの状況に現実味がない。

『先輩?』

何かを確認するかのように、僕は華代の頬に触れていた。
確かに此処にある温もりだ。

「多分大丈夫だと思うけど、今後少しでも体調が悪くなったら言うんだよ?」

『心配し過ぎですよ。

今日は安全な日ですし、愛からちゃんと貰ってきたんですから。』

世俗的には安全日だなんて言うけど、本当に安全な日なんて1日もないんだ。
避妊したって失敗する事もある。
華代も僕もそれを分かっていたけど、合意の上での情事だった。
僕は自分で思っていた以上に自制の効かない人間だったんだ。
情けなくて、頭を抱えた。

「ごめん。」

『もう謝らないで下さい。

私がお願いしたんですから、ね?』

片手で頭を抱える僕に、今度は華代が両手を伸ばした。
僕の頬を包み込むと、ゆっくりと顔を近付けた。
唇同士が触れ合うと、僕は華代からのキスに驚いた。
華代は恥ずかしそうに視線を落とすと、口籠もりながら言った。

『ペンを貸して貰えますか?』

「え?」

『その…名前だけですけど、書きます。』

テーブルに置いてある婚姻届の話だ。
僕は思わず顔が綻んだ。
陰湿な雰囲気が途端に穏やかになった。
僕は学習デスクのペン立てからボールペンを取り、華代に渡した。

「そういえば、字は書けるのかい?」

『下手ですけど、書けますよ。

特に名前は書き慣れてますから。

書く場所を教えて貰えますか?』

僕はペンを持つ華代の手をそっと誘導し、枠の中に華代のペン先を置いた。
華代はスラスラと字を書き始めた。

「綺麗な字だね、驚いたよ。」

『お兄ちゃんと沢山練習したんですよ。』

見えているんじゃないかと思うくらい、整った字だ。
華代が名前を書き終わると、僕らは微笑み合った。

「これで君は将来不二華代≠セね。」

『はい。』

まだ若過ぎる僕らにとって、これはただの婚約ごっこだ。
大人から見れば馬鹿馬鹿しいかもしれない。
それでもこの時、僕らは幸せだった。





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