誕生日-3
頭が真っ白になった。
それは、まさか――
まさかじゃなくて、間違いない。
華代が僕の子をお腹に宿しているという事だ。
僕の家で鍋パーティーをした日を思い出した。
あれは確か4ヶ月くらい前、暑い夏の日だ。
そうだ、あの日僕らは――
「心当たりがあるだろう。」
僕の肩がビクリと跳ねた。
華代の父親が怒っている理由が分かった。
あの日、避妊に失敗していたんだ。
華代は体調の異変を僕に何も話さなかった。
自分で気付かなかったのかもしれないし、僕に悟られないようにしていたのかもしれない。
「すみません…僕…!」
如何しようもない後悔の念が僕を襲った。
こうなってしまった以上、今更後悔しても遅過ぎる。
僕は慌てて立ち上がり、頭をこれでもかというくらい深々と下げた。
「いいのよ。」
華代の母親が僕の肩に優しく手を置いてくれた。
「ありがとう、華代が最期に残してくれた大切なものよ。」
たとえそう言って貰えたとしても、僕には罪の意識がのしかかった。
華代の父親もやっと表情が緩んだ。
「一大事だぞ、周助君。」
確かに、自分の娘を妊娠させられるなんて、重大事件だ。
しかも、まだ高校1年生なのに。
僕は疑問を恐る恐る口にした。
「でも、如何して分かったんですか…?」
娘が妊娠だなんて、予想もしないはず。
華代の母親は相変わらず穏やかに言った。
「昨日愛ちゃんに言われて、病院の婦人科の先生に検査をお願いしたの。
華代は気付かなかったみたいだけど、愛ちゃんはもしかしたらと思ったんでしょうね。」
華代は親友の愛に「生理が来ない」と相談していたらしい。
華代は盲目になってしまったというストレスもあり、以前から生理不順だった。
バイオリンの世界大会や手術を控える今、緊張で生理が遅れるのは不思議ではないと思っていたみたいだ。
以前より沢山食べるようになったのも事実で、お腹が張るのも太ったからだと思っていたらしい。
それでも、華代は本当に気付いていなかったんだろうか。
手術の後、僕に全てを打ち明けようと思っていたのかもしれない。
僕は頭を深々と下げ、一心不乱に言った。
「大学に行かずに働きます…!」
「駄目よ。」
華代に雰囲気が似ている華代の母親が即答した。
「あなたは大学でちゃんと勉強して、人を養えるくらいの仕事を見つけて、経済力をつけないといけない。
それまで私たちに育てさせて欲しいの。」
「でも…!」
「お願い、周助君。
華代からの形見は私たち皆のものでしょう?」
「周助君。」
低い男性の声が耳に入った。
僕は固唾を飲み、華代の父親の顔を見つめた。
「無事産まれるか如何か確定した訳ではない。
産まれて来る子は超未熟児だ。
障害が残る可能性も充分に考えられるし、最悪死んでしまうかもしれない。
だが希望があるからこそ、君に頼もう。
孫の面倒を見させてくれ。」
華代の父親が此処へ来て初めて微笑んでくれた。
僕は自分の無力さが悔しかった。
華代の母親が僕を慰めるような声で言った。
「働かずに大学で勉強する事が無責任だなんて思わないでね。」
「僕らは娘の子を育てられる事が、本当に嬉しいんだ。
但し大学できちんと勉強しなければ、君が就職してからも孫は渡さないぞ。」
厳しい言葉だったけど、当然だった。
身が引き締まる思いだった。
僕が「はい」としっかり返事をすると、桃城夫婦は嬉しそうに微笑み合っていた。
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