夢食い (第4.5章)

真っ暗闇の中にシルバーは立っていた。
上下左右を見渡しても、何も見つからない。

此処は何処だろうか。

そんな疑問が一度は過ったものの、何故か如何でもよくなった。
まるで感情の抜け殻のような気分だ。
自分は如何してしまったのだろうか。
すると、何もなかった空間に一人の人間の姿が浮かび上がった。
ロケット団代表取締役である父親、サカキだった。
シルバーの中に抑えられない憎悪が生まれた。
サカキはシルバーを嘲笑う。

「守られてばかりのお前が私を倒せるのか?」

あの日に言われた台詞だった。
ピュアーズロックで小夜が一生忘れられない出来事があった日だ。

「シルバー、お前は弱い。」

そんな事は自分が一番分かっている。
爆発しそうな怒りと、惨めな気持ちが入り混じる。
悔しくて、胸が掻き乱される。
唇を噛むシルバーを見て、サカキは高笑いをした。
シルバーは耳を塞ぎたくなるが、身体がコントロール出来ない。
それがシルバーを余計に苛立たせた。
暗闇の中にサカキの高笑いが大きく反響する。

「愚かな息子よ。

お前はあの女の傍にいるべきではない。」

もうやめろ…。
これ以上何も言うな…!

「何故ならお前が存在する事で、お前の――」

絶妙なタイミングで、サカキの台詞が不自然に途切れた。
サカキの姿がぐにゃりと歪み、シルバーの視野が途端に狭くなった。
すると暗闇が一転し、見慣れた天井が目に飛び込んできた。
就寝灯で朧げな橙色に染まる天井を見ながら、自分の呼吸の荒さに気付いた。
手の甲で額を拭うと、汗で濡れた。
悪夢だったのだ。

「…!」

一つの視線を感じたシルバーは上半身を起こした。
分厚い毛布が捲れると、涼しさを感じた。

“シルバー、大丈夫…?”

「……ゴースト。」

シルバーの声は自然と掠れていたが、ゴーストは小声で話していた。
他のポケモンたちが眠っているからだ。
そしてゴーストは何故か口をもぐもぐさせており、何かをごくりと飲み込んだ。
それを見たシルバーは、その行動の意味を一瞬にして悟った。

「夢食い≠ゥ。」

ゴーストは申し訳なさそうに視線を伏せると、ゆっくりと頷いた。
シルバーが魘されているのを見ていられず、その夢を食ったのだ。

「見たのか。」

“えっ。”

「夢の内容だ。」

“……ごめんなさい。”

ゴーストは俯いた。
あの男性は以前シルバーが話していた父親、サカキなのだろう。

「そんな顔をするな。

怒ってなんかいない。

寧ろ助かった。」

夢食い≠ヘ睡眠状態である相手の体力を奪う。
ゴーストは悩みに悩み、あのタイミングで咄嗟の行動に移したのだ。

「情けないと思ったか?

あれは俺が実際に言われた台詞だ。」

哀しげな表情をしたゴーストは必死で否定した。

“シルバーは弱くなんかないし、情けなくもない!

小夜を支えられるくらい強いんだ…!”

シルバーはゴーストが何を言っているのか分からなかったが、それでもゴーストの優しさを感じた。
ゴーストと話している間にもシルバーの汗は引き、心が徐々に落ち着いていく。

「もう寝ろよ。」

“うーん、眠れないんだ。”

ゴーストは夜行性のポケモンだ。
クロバットとマニューラも夜行性だが、昼間に修行をしている。
激しいバトルで体力を消耗し、回復の為に眠るのだ。
一方のゴーストは修行に参加せず、傍観している。
シルバーのポケモンではないからだ。

“此処で寝ていい?”

ゴーストはシルバーの枕元に降りた。
だがガス状の身体は軽く、ベッドが軋む音はしない。
シルバーは何も言わないまま口角を上げると、掛け布団を引き上げて横になった。
ゴーストにも掛けてやると、ガス状の身体は不思議と掛け布団をすり抜けない。
此処で寝てもいいのだと理解したゴーストは嬉しそうに笑った。
仰向けになったシルバーはふぅと一息吐いて言った。

「おやすみ。」

“うん、おやすみ、シルバー。”

ゴーストは目を閉じた。
暫くすると、シルバーの小さな寝息が聴こえた。
そっと目を開け、シルバーの横顔を見つめる。
シルバーはシゲルが帰省するまでこの研究所を旅立たないつもりだ。
シルバーと小夜が旅を再開する時、自分は如何なっているのだろうか。
留守番なのか、それとも…。
考えていると不安になり、シルバーの肩に手が触れるくらいまでシルバーに寄り添った。

この人とずっと一緒がいい。
この人と色々な場所を巡って、心に残るような素晴らしい景色を見たい。
そんな日々が待っていればいいのに。



2015.10.4




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