七夕

誰もがその伝説を知る七夕の夕べ。
ベランダの縁側には、頭上の屋根を打つ雨粒を見つめる小夜がいた。
傍には雫に濡れた笹の葉が柱に結ばれ、其処には複数の短冊が飾られていた。
小夜は凛とした声で囁くように歌った。

『笹の葉さらさら
軒端に揺れる
お星様きらきら
金 銀 砂子』

金や銀に煌めくお星様など、一つも見えない。
雨雲を疎ましいと思った小夜は短い溜息を吐いた。

「小夜。」

名を呼ばれて振り向くと、大切な人の姿があった。
何時も心を温かくしてくれる彼の姿だ。

「雨だな。」

『うん。』

小夜は脚を交互にぶらぶらさせながら、寂しそうに応えた。
テレビの天気予報も、エーフィのエスパー天気予報も、今日は雨との予報だった。
隣に腰を下ろしたシルバーの肩に頭を預けると、肩を抱き寄せてくれた。

『もし私たちが織姫と彦星だったら如何する?』

「漠然とした質問だな。」

『例えばの話よ?

もしオーキド博士がこの研究所でだらだらする私たちに怒って、私とシルバーをマサラタウンとトキワシティに離して逢えなくしちゃったら?

一年に一度しか逢えなくて、雨が降るだけで逢えなかったら?』

シルバーは真剣に尋ねる小夜に苦笑した。
だが本当にそうなるとすれば、寒気がする程に恐ろしい話だ。

「可笑しな例え話だな。」

『そ、そうよね。

例えが悪かったかも。』

あの寛大なオーキド博士がそのような事をする筈がない。
オーキド博士は小夜を孫のように可愛がっているし、シルバーにも研究所の一室を与えたくらいだ。
それに二人は研究所でだらだらしているつもりなど微塵もない。
シルバーは小夜を抱き寄せる力を強めた。

「もし何かに離されたとしても、無理矢理にでも逢いに行ってやるよ。」

『私も。

シルバーに逢いに行く。』

一年も逢えないなんて。
雨が降れば逢えないなんて。
そんなの考えられない。
小夜は雨粒を見ながら、思い出した俳句をそっと口にした。

『この夕 降りくる雨は 彦星の 早漕ぐ舟の 櫂の散りかも』

シルバーに瞳を覗き込まれると、小夜は綺麗に微笑んだ。
シルバーも微笑み返すと、小夜の顎を持ち上げた。

「この雨は彦星が舟を漕ぐ時の雫かもしれない……か。」

たとえ雨でも彦星は天の川を渡って織姫に逢いに行っている、と小夜は言いたいのだ。
お互いを見つめ合った二人は、吸い込まれるように唇を重ねた。

こうやって傍にいられる事は、当たり前ではない。
幾重もの奇跡が重なり合って、きっと今がある。



2015.7.7

万葉集第10巻、2052、作者不明
この夕(ゆうへ) 降りくる雨は 彦星の 早漕ぐ舟の 櫂(かい)の散りかも




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