起床時間 (第4章「泣き虫」番外編)
何となく朝早く起きたゴーストは、壁をすり抜けて部屋を出た。
そして四階の洗面所で洗顔を終えたばかりのシルバーの元へと浮遊した。
青いフェイスタオルで顔を拭いているこの少年は間違いなくかっこいいと思う。
小夜が言っていた通りなのだ。
“おはよう!”
「!…お前か。
おはよう。
早起きだな。」
シルバーは基本的に早起きだ。
シルバーのポケモンたちの誰よりも早く起きるし、ゴーストが目を覚ました時には既にベッドにいない。
シルバーの朝の寝顔は貴重なのだ。
実際にシルバーのポケモンたちは今もまだシルバーの部屋で眠っている。
シルバーは嬉しそうにふらふらと横に揺れるゴーストを不思議そうに見た。
「?」
ゴーストはシルバーとプライベートな時間を共有していると思うと嬉しかった。
シルバーを主人に希望してから随分と時が流れたと思うが、シルバーと二人きりになれる事は滅多にない。
シルバーの傍には何時もポケモンたちがいる。
特にマニューラはシルバーに飛び付き、よく腕に抱いて貰っている。
それにシルバーが一人でいる時は、部屋で黙々と読書をしている。
オーキド博士はシルバーに学んでおいて欲しい事が沢山あるらしく、シルバーは何時も参考書や書類を手に取っている。
その邪魔をする訳にはいかない。
「小夜を起こしに行く。
お前も手伝ってくれ。」
“手伝う?”
起こすだけなのに何を手伝えというのだろう。
とりあえずついていく事にした。
シルバーと横に並んで歩くのは貴重な時間だ。
嘗ては身体を透明にし、遠巻きからシルバーを見つめていただけだったというのに。
「嬉しそうだな。
何かあったか?」
“うん!”
ゴーストはシルバーの頭上をぐるぐると回った。
目が回っていると気付いたのは小夜の部屋の前に到着してからだった。
シルバーが扉の前で立ち止まると、当然のようにそれが開いた。
シルバーも一切驚かない。
「エーフィ、おはよう。」
“おはよう、シルバー。
あれ、ゴーストも一緒?”
“おはようエーフィ!”
ゴーストが嬉しそうににこにこしているのを見たエーフィは、ゴーストの表情の理由をすぐに悟った。
シルバーと一緒で嬉しいに違いない。
エーフィの後方ではボーマンダを起こそうと躍起になっているバクフーンと、丁寧に毛繕いをしているスイクンがいた。
バクフーンはボーマンダの長い首を揺さ振っている。
そして小夜はというと、ベッドの上で掛け布団に潜り込んでいた。
「小夜、朝だ。」
シルバーが潜っている小夜に声を掛けても、小夜はびくともしない。
掛け布団の上からぽふぽふと叩いても、軽く揺すっても無反応だ。
ゴーストは目をぱちくりさせながらそれを見つめていた。
シルバーは中々起きない小夜に口元を引き攣らせると、掛け布団を鷲掴みにした。
「起きやがれこの野郎!!」
―――バッ!!
掛け布団を一気に捲ると、横向きで枕を抱きかかえて縮こまっている小夜がいた。
白い水玉模様の寝間着が暖かそうで可愛らしい。
『うー、寒い。』
「起きろ。」
『やだ。』
シルバーは慣れたようにベッドに乗り、小夜をぐるっと仰向けにして枕を奪い取った。
エーフィは後ろ脚で耳裏を悠々と掻いている。
如何やらこれが何時もの光景らしい。
シルバーは枕を無造作に放り、それをバクフーンが反射的にキャッチした。
するとシルバーは小夜の背に両腕を回し、無理矢理起き上がらせた。
それが抱き締めているように見えたゴーストは、ガス状の身体を赤く染めた。
実際に抱き締めているのかもしれない。
一方、小夜のポケモンたちは平然としている。
やはり何時もの光景で間違いない。
「起きろ、小夜。
何度も言わせるな。」
シルバーは小夜の肩を掴んでガクガクと揺さ振った。
『うー…。』
紫の瞳がゆっくりと開かれた。
若干むっとしているシルバーの顔を見ると、小夜は心から安堵した。
『後十分だけ寝たい。』
「駄目だ。」
『五分。』
「駄目だって言ってるだろ。」
『一時間。』
「長くして如何するんだよ。」
『眠いんだもん。
シルバー、一緒に寝よう。』
抱き着いてこようとする小夜の肩を必死で押すシルバーは、赤面しそうになりながらゴーストの目を見た。
シルバーとばっちり視線が合ったゴーストは再度目をぱちくりさせた。
「ゴースト、何かしろ。」
“えっ?!”
突然何かしろと言われても混乱する。
えーっと、と慌てていたゴーストはシルバーの頭上まで浮遊した。
“小夜!”
『ん…?』
朝に自分の部屋で聴くには珍しい声がする。
小夜が寝惚け眼をゴーストに向けると、頬を限界まで引き伸ばして寄り目になり、変顔をするゴーストがいた。
小夜はきょとんとしたかと思うと、小さく吹き出した。
『ふふっ、あははは!』
豪快に笑う小夜に、その場にいた全員が唖然とした。
だがゴーストは笑ってくれる事に嬉しくなり、様々な変顔を披露した。
その度に小夜はお腹を抱えて笑った。
エーフィは満足そうにうんうんと頷いた。
“これからは起こしに来る時、ゴーストをお供にしたらいいんだね。”
“小夜がすっきり起きてくれたら問題ないんだけどなぁ。”
ボーマンダを起こし終えたバクフーンがそう言った。
シルバーが投げた小夜の枕は、何時の間にかボーマンダの顎の下に置かれていた。
ボーマンダは大好きな主人の優しい匂いがして、まったりとリラックスした。
すると小夜が爆笑しながらシルバーに抱き着き、シルバーはついに赤面した。
それを見たゴーストも身体を赤く染めた。
小夜を起こすのは大変だが、この時間は二人のスキンシップの時間でもある。
シルバーにとって意外にも大切な時間なのだ。
中々起きてくれなくとも、数日間目を覚まさないよりはずっとましだ。
シルバーは小夜の頭にぽんぽんと手を置き、これからも起こし続けてやろうと密かに意気込んだ。
2015.9.1
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