提案
小夜がシゲルと話す、と言って庭へ向かってから二時間。
シルバーはポケモンたちを連れて階段を降りていた。
小夜とシゲルは何処まで話し終えただろうか。
二階まで降りた処で、大らかな声がした。
「シルバー君。」
「!」
声の主は二階に自室のあるオーキド博士だった。
シルバーはシゲルと話す直前にその祖父であるオーキド博士の顔を見ると、先程まではなかった緊張が胸を掠めた。
「少しだけ話そう。
すぐ終わる。」
「分かりました。」
シルバーはボーマンダの入っているモンスターボールを腰のベルトから外し、オーダイルに渡した。
毎度ながら、ボーマンダは物理的に階段を昇り降り出来ない為、モンスターボールを介して移動している。
窓から飛んで降りてもよかったのだが、シルバーたち皆と一緒に行きたかったのだ。
「先に行ってろ。」
“了解御主人。
皆、行こう。”
オーダイルを先頭に、クロバットに乗ったマニューラが続き、ポケモンたちは階段を降りていく。
最後にゴーストがシルバーに振り返り、不安そうな表情を見せた。
シルバーは大丈夫だと言うかのように、ゴーストにふっと笑ってみせた。
シルバーとオーキド博士が何を話すのかという一抹の不安がゴーストの中に残ったが、シルバーに小さく頷いてからオーダイルたちを追った。
「呼び止めてしまってすまんのう。」
「構いません。」
「君に話しておきたい事があるんじゃ。」
シルバーはオーキド博士と向き合った。
シルバーの予想に反して、オーキド博士は何時も通りに微笑んでいた。
「シルバー君、シゲルがわしの孫だからといって遠慮は要らん。
シゲルはまだ若い。
沢山の経験が必要じゃ。」
シルバーは黙って聴いていた。
如何答えていいのか分からなかった、という方が正解かもしれない。
オーキド博士は続けた。
「シゲルの考え方を作ってしまったのはこのわしじゃ。
わしは孫であるシゲルを甘やかし過ぎたのかもしれん。
だからシゲルが旅立ってからは、出来る限りわしの力を貸すまいと思った。
シゲルはそれを寂しく思ったかもしれん。」
シルバーにとってシゲルの心境は想像し難いものだった。
腐り切った父親から逃亡したのは自分自身の決断であり、誰の力も借りなかったのは当然の事だったからだ。
父親からのコンタクトがなくて寂しい、と思った事など微塵もない。
シルバーはやはり何も答えずにいた。
「君は変わった。
昔とは違う。」
シルバーが変わったのは小夜のお陰だ。
シルバーはオーキド博士にそれを伝え続けてきた。
小夜には感謝している、と。
「シゲルの考え方も変わり始めておる。
今後も良い方向に変わっていくじゃろう。
それは誰の手によるものなのか?
わしはそれが小夜やサトシ、そして君だと思っておる。」
「俺…?」
何故自分もその中に含まれているのだろうか。
幼馴染みである小夜とサトシには納得出来るのだが。
この天才博士は何を言いたいのだろうか。
「この話は終わりじゃ。」
「え…。」
「庭へ行くんじゃろう?」
これで終わりらしいが、上手く纏まっていない気がする。
シルバーの脳内は完全に混乱した。
オーキド博士はそんなシルバーを他所に、満足したように笑顔で頷いた。
「引き止めて悪かった。
わしは研究室に戻るとしよう。」
「博士…!」
「もう一度言おう。
遠慮は要らんぞ。
君は君の好きなようにすればよい。」
小夜に笑顔を残し、オーキド博士は去った。
その背中を見送ったシルバーは呆気に取られた表情をしていたが、一歩踏み出した。
階段を降りながら、オーキド博士の台詞を反芻した。
オーキド博士はこの直後にシルバーとシゲルがゴーストに関して話し合うのを前提に、シルバーに話をしたのだろう。
シルバーがシゲルに対して如何いった行動を取ったとしても、それはシゲルにとって貴重な経験となる。
オーキド博士はそう言いたかったのだろう。
好きなようにすればいい…か。
自分は如何したいのか。
もう答えは出ている。
シルバーは決意を持ってベランダの窓を開けた。
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