実年齢-2
バトルと観光を軽く終えた二人は、ニューキンセツ行きの小型船に揺られていた。
切符はキンセツシティの観光案内所で購入した。
小型船の前方部分のデッキで、小夜はフェンス越しに下を覗き込んでいた。
小川には沢山のメノクラゲが悠々と泳いでいる。
シルバーはポケットに手を突っ込みながら、もうすぐ見えるであろうニューキンセツの姿を待っていた。
『さっきのバトル、楽しかったね。』
有名だと自負していた男女のトレーナーだが、バクフーンとオーダイルのコンビは強かった。
小夜とシルバーの息も合っていた。
服の袖の下に隠しているキーストーンの存在を知られる事なく、バトルは短時間で終了した。
「オーダイルもバクフーンも遠慮がちだったな。」
『綺麗な場所だったから、壊せないもの。』
小夜はフェンスに凭れ、シルバーに微笑んだ。
その瞬間、シルバーは数人の男性からの視線を感じた。
デッキにいるのは開発跡地という物珍しい場所に興味がある物好きな人間だ。
恐ろしく端整な顔が微笑むのを見て、惹き付けられているのだろう。
「平和か?」
『勿論。』
この端的な会話の内容は気配感知だった。
小夜が瞳を閉じてニューキンセツのその先まで気配を探っても、怪しい気配はない。
空を見上げると、カーブの多いサイクリングロードが見えた。
小夜はシルバーから貰った帽子が飛ばないように手で押さえた。
嵐に吹き飛ばされた時、ミュウツーが拾って届けてくれた。
もうなくさないようにしなければ。
『とっても平和。』
シルバーは目を見開いた。
腰まである紫の長髪が、川面に反射した光で幻想的に見える。
透き通った瞳には、この世界がどのように映っているのだろうか。
サイクリングロードを見上げていた小夜は、凝視してくるシルバーに首を傾げた。
『如何したの?』
「……別に。」
シルバーはフェンスに腕を置き、そっぽを向いてしまった。
魅入ってしまったなどとは恥ずかしくて言えない。
『教えてよ。』
「フン、断る。」
小夜は片頬を小さく膨らませると、シルバーに肩からぴったりくっ付いた。
人目など小夜には関係ない。
シルバーに明らかな動揺が見られた。
「お、おい。」
『切符売り場で十歳って言いそうになった事、まだ怒ってるの?』
「その場でもそんなに怒っていなかっただろ。」
小夜に顔を覗き込まれるが、シルバーは目を背けたままだ。
切符売り場では感じのいい販売員のおじさんが接客をしてくれた。
―――いらっしゃい、お幾つかな?
―――十六です。
―――私はじゅっさ――もご。
―――お、同い年です。
危うく実年齢を答えそうになった小夜の口を、シルバーの手が素早く塞いだのだ。
シルバーはその場で平静を装ったが、目元が引き攣ったし、内心穏やかではなかった。
小夜に気を付けるようにと指摘はしたが、怒った訳ではない。
因みに、船は十五歳未満が子供料金だった。
「ケンジも言っていたが、俺とお前は大体同い年に見えるだろ。」
『そう言われてもよく分からないよ…。』
去年までニューアイランドとオーキド研究所しか知らなかった小夜は、同世代の女の子との関わりが一切なかった。
それに小夜の成長速度は不規則で、今の身体を二年以上も維持している。
本来の女の子の成長がよく分からないのだ。
ふと神妙に目を細めた小夜は、思った事を素直に口にした。
『キュウコンみたいに千年も生きられなくていい。
だからシルバーと一緒に歳を取りたいな。』
シルバーは再び目を見開き、川面の光を映す小夜の瞳を見た。
微笑みながらも切なげな小夜の表情が、シルバーの心を掻き乱す。
「お前、急に何を言っているんだ…?」
『別に。』
つい先程の真似をされ、シルバーは口元を引き攣らせた。
自分は普段から別に≠ニいう一言を何かと使用するが、使用される側になると複雑だ。
シルバーの真似をした小夜が前方を見ると、外観が白い箱のように殺風景な施設が見えた。
小夜は一転して明るく振る舞い、シルバーの腕を引いて前方を指差した。
『見て、ニューキンセツ!』
「見えたな。」
あの場所でレアコイルは進化するのだ。
進化にはレベルアップが必要だが、エーフィがいれば時間は掛からないだろう。
物好きなトレーナーからバトルを挑まれるかもしれない。
「キンセツシティに戻ったら、何か食べるか。」
『ホウエン地方名物のフエン煎餅が食べたいな。』
シルバーと同じように歳を重ねていけないかもしれない。
それを小夜は気付いていたし、当然ながらシルバーも承知している。
実年齢の差を思い出した時、そろそろその事実と向き合わなくてはならないと思った。
2017.1.28
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