心変わり-3

『サトシに何も言わなくていいの?』

「必要ないさ。」

翌朝、旅立つシゲルは皆の見送りを受けていた。
祖父であるオーキド博士は勿論、助手であるケンジ、そして小夜とシルバーの二人。
更にはその二人のポケモンたちもその場にいた。

「気を付けるんじゃぞ。」

「はい、おじい様。」

小夜の脚元で座っているエーフィは、ゆっくりと尾を揺らしながら主人の顔を見上げた。
穏やかに微笑む主人だが、シゲルを心配しているようにも見受けられた。

「シルバー。」

「!」

突然シゲルに名を呼ばれ、シルバーは目を一度だけ瞬かせた。
ユキナリの面影を持つシゲルの目が、真っ直ぐにシルバーを見ている。

「次に逢った時は、君に僕を認めさせてみせる。」

「バトルで勝つとは言わないのか。」

「いいや。」

認めさせる≠ニはバトルで勝つ≠ニいう事ではないらしい。
シルバーは僅かに首を傾げた。
妙に意味深長なシゲルを不思議に思う。
だがシゲルは話を変えてしまった。

「小夜を頼むよ。」

「ああ。」

シルバーやポケモンたちがいれば、小夜は穏やかに過ごせるだろう。
すると、シルバーの背後からゲンガーがするりと現れた。
シルバーと目線の高さを合わせて浮遊するゲンガーは、シゲルに笑ってみせた。

「君も元気でいろよ。」

“ありがとう!”

シルバーのポケモンになりたいと思った日から、不安で一杯だった。
それでもシゲルはこうやってちょっぴりキザな笑顔を向けてくれる。
シゲルは次に小夜を見た。

「小夜。」

小夜は真剣なシゲルに何も言わないまま微笑んだ。

「僕はホウエン地方で自分が本当にしたい事を探すよ。」

『うん。』

「でも…もう見つかるかもしれない。」

『ゆっくり考えて。

また話してね。』


―――ポケモンマスターよりも研究者の方が向いているとシゲルに言ったら、やけに驚いていた。


小夜はシルバーからそう話を聴いていた。
間違いなく、シゲルの心の中には研究者≠ニいう文字が強烈に刻まれているのだ。

『次は何時逢えるかな…?』

「分からない。

だけど、この研究所にもポケナビにも電話するよ。」

『ありがとう。』

小夜はシゲルの片手を取り、両手でぎゅっと握った。
不意にドキッとしたシゲルは、小夜の透き通った瞳に惹き込まれた。

『ポケモンの気持ちを大切にね。』

「……ああ。」

シゲルにとって今回の帰省には沢山の収穫があった。
勿論、失うものもあった。
だが気付けなかった事に気付けたし、それに何よりも…

「君が無事でよかった。」

『?』

「強くなって帰ってくるよ。」

小夜に頼って貰えるように。
小夜は一度だけ頷き、シゲルの手を離した。
小夜の優しい温もりが離れていく寂しさを感じたが、シゲルは名残惜しさを振り切って言った。

「ケンジ、おじい様を頼むよ。」

「任せて!」

胸に片手を当ててみせるケンジに、シゲルは心強く思った。
偉大な博士である祖父は、研究は得意な一方で家事は非常に苦手だ。
ケンジがフォローしてくれるのなら安心出来る。

「おじい様。」

シゲルはオーキド博士の目を真っ直ぐに見たまま黙った。
キーストーンとメガストーンを持つには、まだ力量が足りないと釘を刺された。
だからこそ、小夜とシルバーの二人に気付かされた大切な事を胸に留めながら、ポケモンたちと共に強くなってみせる。

「いってきます。」

「うむ。」

オーキド博士は大きく頷いた。
此処へ帰省する前よりも成長した孫は、ゆっくりと旅への一歩を踏み出した。
皆がいってらっしゃいとシゲルに声を掛ける。
手を振る小夜とケンジや、スイクンのように静かに見守るポケモンもいる。
シゲルにとって、初めて旅立った日の女の子たちからの声援よりも、今日の方が有難かった。
オーキド博士にすら話していないが、以前から頭の片隅にあった研究者≠ニいう将来の形。
それがどんどん膨らみつつあった。
近々、小夜に話せる日が来るだろう。

シゲルにとって、今日は新たな一歩となる。



2016.6.27




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