君の物-2
シゲルから譲渡されたゴーストをシルバーが手持ちに加えた当日の夕方。
オーキド研究所の庭で対峙するポケモンがいた。
「行くぜ、ゲンガー!
シャドーボール!」
スケッチブックを持つケンジは芝生に腰を下ろしながら、シルバーの修行を見つめていた。
対峙しているのはゲンガーとエーフィだ。
ポケモンたちは二匹を応援している。
ケンジは昼食後の出来事を回想した。
オーキド研究所には、ポケモンを通信交換する際に発生する電波を人工的に生成する機材がある。
其処にゴーストのモンスターボールを通す事を提案したのはオーキド博士だ。
ゴーストはゲンガーへと進化を遂げた。
それを見ていたケンジが早速ゲンガーの実力を見たいと言い出し、シルバーは相手にエーフィを選んだ。
シルバーの手持ちとなったゲンガーは、シルバーの命令の下で初めての修行だ。
ゲンガーがどのような技を覚えているのか、シルバーは模索しながらのバトルとなる。
それでもゲンガーのレベルを直感的に理解出来た。
ゲンガーの攻撃はエーフィの結界に吸い込まれていく。
埒が明かないと思ったシルバーは素早く命令した。
「悪の波動!」
するとエーフィは結界を解かないままサイコキネシスを発動した。
悪の波動による黒の球体は速度を落とさないまま曲線を描き、標的をゲンガーへと変えた。
特性が浮遊であるゲンガーははっとし、それを空中で回避した。
シルバーのポケモンたちの修行を傍観していたゲンガーは、エーフィが技を結界で吸収したり、今のようにサイコパワーで技の方向を変えたりするのを度々見てきた。
更に小夜の能力の一部が移っているエーフィはエスパータイプにも関わらず、悪タイプの技までも操作してしまうのは知っている。
このバトルの流れは予想外ではない。
すぐに落ち着きを取り戻し、シルバーの命令を待つ。
ケンジは手に持っていたペンをスケッチブックにすらすらと走らせた。
修行しているゲンガーと、命令しているシルバーを慣れた手付きで描いていく。
すると、背後から芝生を踏む音がした。
小夜かと思ったが、小夜は今オーキド博士の化学実験を手伝っている筈だ。
という事は…。
「座ってもいいかな?」
今朝にシルバーとバトルを繰り広げたばかりのシゲルだった。
ケンジはにっこりと笑った。
「勿論さ。」
「ありがとう。」
シゲルはケンジの隣に丁度いい距離で座ろうとした時、ケンジが描いている絵が見えた。
「君はスケッチが得意だっておじい様から聴いているよ。
その絵は…?」
「シルバーとゴースト…あ、違った、ゲンガーさ。」
「へぇ、見てもいいかい?」
「いいよ。」
ケンジは座ったシゲルに心置きなくスケッチブックを渡した。
それを見たシゲルは感心した。
流石は祖父であるオーキド博士に認められた画力だ。
シルバーとゲンガーが臨場感溢れるタッチで描かれている。
他のページにも何か描かれているようだ。
「他にも見ていいかい?」
「うん、どうぞ。」
ケンジの大切なスケッチブックを折ってしまわないよう、シゲルは慎重にページを捲った。
研究所の庭に住むポケモンたちや、修行しているポケモンたち、そして談笑する小夜とオーキド博士もいる。
するとシゲルは一枚の絵に釘付けになった。
その絵を見たケンジは思い出しながら説明した。
「凄く良い光景だったから、すぐに描き始めたんだよ。」
其処にはシルバーとマニューラが描かれていた。
シルバーは自分の膝の上で眠るマニューラにあやすように手を添え、穏やかな表情をしている。
これはこの芝生の上で描いたものだ。
「トレーナーに寄り添って寝るポケモンって凄く良いよね。」
ケンジは嬉しそうに話してみせた。
その絵を見つめたままシゲルは呟くように言った。
「シルバーは何時もこんな風に…?」
「そうだね。
マニューラはシルバーによく抱っこして貰ってるよ。
飛び掛かって驚かせたりもしてるなぁ。」
絵の中のマニューラはとても幸せそうだ。
シゲルが耳にしたシルバーの過去を疑う程だった。
ポケモンへの暴力というのは本当なのだろうか。
シゲルの口はふと思った事を尋ねた。
「君は初めてシルバーの話を聴いた時、如何思った?
ロケット団のボスの息子で、ポケモンに暴力を振るっていたのを聴いた時。」
「やっぱり驚いたよ。
でもシルバーはオーキド博士が歓迎した人だから、不安はなかったよ。
実際に色々と話してみて、良い人だって分かったしね。」
シルバーが小夜を大切にしているのは一目瞭然だし、オーキド博士の研究にも積極的に貢献している。
更にはポケモンバトルも強い。
「小夜さんと出逢ってから、シルバーは変わったんだ。
人は変われるよ。」
人は変われる。
シゲルはまるで自分に言い聴かされているかのように錯覚した。
もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
屈託ない笑顔を見せるケンジの優しさを感じる。
心が温かくなり、そっと口を開いた。
「ありがとう。」
「何が?」
ケンジはしらを切り、シゲルはそれに小さく笑った。
シゲルがスケッチブックのページを更に捲ると、小夜が脚元のエーフィに微笑んでいる絵があった。
小夜の手には何らかの書類があり、髪を優美に揺らしている。
シゲルは思わず見惚れてしまった。
「小夜さんは本当に綺麗だよね。」
「そうだね。」
「初めて見た時はびっくりしたよ。」
「そうだね。」
「天使みたいだよね。」
「そう――……え?」
絵の中の小夜に目を奪われていたシゲルは生返事をしていたが、口を間抜けに開けてケンジの目を見た。
ケンジは大真面目のようで、目を輝かせている。
シゲルは笑いながら言った。
「天使、か。」
確かにそうかもしれない。
小夜と初めて逢ったのは、六年前にこの研究所でオーキド博士に紹介された時だった。
まだ幼かったシゲルは一目で恋に落ちた。
シゲルは目の前でバトルを繰り広げるシルバーを見つめた。
小夜を諦めるつもりなど微塵もない。
まだまだ自分は若い。
今後もっと様々な経験を積み重ね、シルバーの前に立ち塞がってみせる。
『シゲル、ケンジさん!』
話題にしていた本人の声が聴こえた。
シゲルとケンジが振り返ると、綺麗な微笑みを浮かべる小夜がいた。
その姿に、シゲルの胸は確かに高鳴った。
修行に付き合っていたエーフィがゲンガーから小夜へと視線を逸らした。
シルバーがその先を追うと、恋人の姿があった。
それにケンジの隣にシゲルもいる。
シルバーは一旦ゲンガーへの命令を止め、修行を中断した。
『シルバー、オーキド博士が呼んでる。』
「分かった。
二匹共、御苦労だった。
休憩していろ。」
オーキド博士は今日の一件に関して話を聴きたいのだろうか。
シルバーは小夜と共に歩き始めた。
一方、へろへろになったゲンガーはぺしょりと地面に落ち、労ってくれるエーフィに笑ってみせた。
このような修行をオーダイルたちは日々続けているのだ。
驚くと同時に尊敬する。
するとエーフィに声を掛けられた。
“シゲルは君をよく育てていたんだね。
中々の火力だったよ。”
“そうかな?
エーフィ、付き合ってくれてありがとう。”
“いいのいいの。”
エーフィとゲンガーはオーキド博士の元へ向かう主人の背中を見つめた。
二人同時にオーキド博士と話すようだ。
一方のシゲルはケンジの自慢話を聴いていた。
「スイクンを描くのは大変だったよ、描こうとして何度逃げられた事か…!
小夜さんがスイクンに凭れてお昼寝していなかったら、また逃げられていたと思うんだ!」
ケンジはスケッチに関する話題になると、普段よりも饒舌になる。
シゲルは興味津々でスケッチブックを見ていた。
オーキド博士は過去にもスケッチに夢中になっていたし、シゲルはその孫なのだ。
ゴーストだったゲンガーはシゲルの姿を見て、穏やかに微笑んだ。
2015.12.31
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