提案-2

―――私は人間とポケモンのハーフなの。

小夜の台詞は意外にも僕を驚かせなかった。
小夜を普通の人間ではないと思っていたし、もしかしたらポケモンなんじゃないかとも思っていたからだ。
でも全く驚かなかった訳じゃない。
小夜が人間に造られたなんて考えた事もなかったからだ。
小夜はニューアイランドという島にある研究所で、ミュウツーというポケモンと共に誕生した。
其処で四歳まで過ごし、一人の人物に世話をして貰っていた。
その人物は小夜を解放する為に、小夜の機密情報が隠蔽されている飛行船に乗り込み、それを爆破して亡くなった。
その瞬間に立ち会った人物の中に、サトシとシルバーがいたらしい。
これにはかなり驚いたと同時に、羨ましくも思った。
シルバーとは旅の途中で出逢い、小夜が勝手に同行したらしい。
僕が聴いたのは其処までだ。
僕は小夜の話をずっと黙って聴いていた。

「僕が知らない処で…本当に色々あったんだね。」

『…。』

小夜は胸が絞られるかのように苦しくなり、俯いて瞳を閉じた。
シゲルは自分まで苦しくなった。
四年間共に過ごした人物が亡くなったのは、小夜に相当なダメージを与えた筈だ。
それを傍で支えたのはシルバーやポケモンたちだ。
やはり羨ましく思った。

『私がロケット団から解放されたのは、その人のお陰なの。』

シゲルはオーキド博士から「小夜が何かに狙われている」とは聴いていたが、まさかあのロケット団だとは思わなかった。
小夜が辛そうに話す為、シゲルは話をずらした。

「サトシには?

今の話をしたのかい?」

『うん。』

サトシにはハテノの森で話をした。
だが小夜はまだハテノの森の件まで話を進められていない。
シゲルは話を聴いたのがサトシよりも後だった事がショックだった。
一方でもう一つ、しっくり来ないものがあった。

「君は如何してシルバーの旅についていったんだい?

僕があれ程誘ったのに…。」

小夜は無表情で黙った。
その理由は言えない。
シゲルは小夜の返答を待ったが、小夜は瞳を逸らして黙っている。

「俺がロケット団代表取締役の息子だからだ。」

「…!」

淡々とした声だった。
縁側に腰掛けていたシゲルははっとした。
いなかった筈のシルバーが視線の先にいた。
シルバーは別の場所から庭へ出たらしい。
その背後には小夜とシルバーのポケモンたちと、ゴーストもいる。
ボーマンダもモンスターボールから既に放たれていた。
ゴーストは控えめな表情でオーダイルの背後に隠れていた。

「俺は小夜の情報が隠されている場所を知っていた。

小夜はそれを訊き出そうとしたんだ。

俺は中々口を割らなかったがな。」

シゲルは僅かに開いた口が塞がらなかった。
両手をズボンのポケットに突っ込んでいるシルバーは続けた。

「それに、小夜はポケモンに暴力を振るっていた俺を更生しようとした。」

ロケット団代表取締役の息子
暴力
理解し難い単語に、シゲルの思考は追い付くのが遅れた。

『っ、シルバー!』

小夜は思わず立ち上がった。
シルバーが此処へ来る気配を感じていたが、まさか話に入ってくるとは思っていなかった。

『如何してそれを…!』

「隠しておくつもりだったのか?」

『このタイミングで言わなくても…!』

「何時か知られる事だ。

ケンジも知っているしな。」

シゲルは愕然としていたが、ゆっくりと立ち上がった。
そして睨み付けるようにシルバーを見ながら小夜に言った。

「小夜。

君はロケット団から解放されたと言ったけど、そうじゃない。

シルバーと一緒にいる限り、君はロケット団との関係を断ち切れないままだ。」

『違う!

シルバーはサカキから逃げたのよ!』

この流れからして、サカキとはシルバーの実父のようだ。

「おじい様もケンジも、如何して小夜の傍にシルバーがいるのを許すのか、僕には理解出来ない。」

『シゲル!』

本気で言うシゲルに対して、小夜はきつく唇を噛んだ。
一方のシルバーは僅かに目を細めただけで、冷静を保っている。

「ましてやおじい様はシルバーに部屋まで与えているなんて。」

『シゲル、やめて!

これ以上言わな――』

“御主人は小夜の心の支えだ!!”

叫んだのはオーダイルだった。
一心不乱だった小夜は驚きの余り、言葉を呑み込んだ。
最も驚いたのはシルバーだった。
シルバーの隣に現れたオーダイルは、拳を痛い程に握っていた。

“御主人がどんな思いで小夜の傍にいるか…!”

人間とポケモンの混血という特殊な境遇を持つ小夜は、ロケット団員である銀髪の彼と相思相愛だった。
そんな小夜と出逢い、恋をした主人。
小夜への想いは強く、嘗ては小夜の記憶削除を無効にした程だ。
小夜と想いが通じ合った現在、予知夢に直面しながらも、小夜を一番傍で支えている。

「オーダイル…。」

シルバーは怒りを露わにするオーダイルに目を見張った。

“これ以上言うと許さない!!”

温厚なオーダイルが激怒するのを見て、ポケモンたちは驚きを隠せなかった。
身を乗り出すオーダイルの片腕を掴み、シルバーは依然と冷静に言った。

「オーダイル、落ち着け。」

“でも…!”

「落ち着け。」

シルバーの真っ直ぐな眼差しに、オーダイルは現実に引き戻されるような感覚がした。
すると全員に注目されている事にやっと気付いた。
落ち着かなければ。
自分が熱くなって何になるだろうか。
オーダイルは主人の赤色の目を見たまま、深く息をして頷いた。
シルバーも頷き返すと、オーダイルの腕を放して言った。

「小夜、お前もだ。

感情的になるなと言った筈だ。」

『っ…。』

「シゲルは当然の事を言っただけだ。

間違ってはいない。」

小夜は俯き、表情を見せなかった。
その間、オーダイルの背後にいたバクフーンがオーダイルに言った。

“オーダイル、まだシゲルはシルバーを知らなさ過ぎる。

サトシたちがシルバーを信頼したのは、ハテノの森で一緒に闘ったからなんだ。”

サトシ、カスミ、そしてタケシの三人はシルバーの正体を知りながらもシルバーを信じた。
それはハテノの森でシルバーが小夜を献身的に治療し、心から想っているのを目の当たりにしたからこそだ。
一方のシゲルは今朝にシルバーと握手したばかりだ。
シゲルの発言に無理もない。

「シルバー、提案がある。」

シゲルの毅然とした声だった。
シゲルはシルバーのポケモンらしきオーダイルに気押され、ずっと口を閉ざしていたのだ。
シゲルは縁側から離れると、シルバーと距離を取って対峙した。

「僕とバトルしろ。」

『…?!』

小夜もオーキド博士も、ロケット団と関係の深いシルバーを信頼している。
ケンジもシルバーを微笑ましく見ていたし、サトシがシルバーを非難していた様子もない。
それらには必ず列記とした理由がある筈だ。
答えはシルバーの人間性にあるのだろう。
そうと分かっていても、シゲルの口は止まらなかった。

「もし僕が勝ったら…小夜を譲って貰う。」

『シゲル、何を言ってるの…?』

譲って貰う、とは如何いう事なのだろうか。
小夜はこの状況の意味が分からなかった。
そしてシルバーの一言が更に追い討ちとなる。

「そのバトル、受けてやる。」

『シルバー!』

小夜はシルバーに駆け寄った。
そしてシルバーの胸元の服を掴み、弱々しく揺さ振った。

『シルバー…やめて。

こんなバトルは無意味よ。』

「黙ってろ。」

『シゲルは話せば分かってくれる!』

「そんな事分かってる。」

『なら如何して…っ。』

「小夜。」

シルバーは小夜の両肩に手を置いた。
感情的になっている小夜は涙目でシルバーを見つめた。
シルバーは状況に反して柔らかく微笑んだ。

「見守っていてくれないか。」

シルバーの穏やかな声に、小夜は瞳に涙が込み上げた。

『………馬鹿。』

小夜は涙を隠すかのように、シルバーの肩口に額を押し付けた。
それを見たシゲルは目を逸らしそうになったが、鋭い視線を送ってくるシルバーと目が合った。
シルバーは両手から小夜の震えを感じながら、シゲルにはっきりと言った。

「ただし、俺にも条件がある。」

小夜ははっとして顔を上げた。
シルバーが何を言うのか、直感的に悟った。
小夜が見たシルバーは無表情だが、その目には断固とした意志を宿している。

「もし俺が勝ったら――」

シルバーはゆっくりと片腕を上げると、そっと指差した。

「あいつを貰う。」

その方向にいたのは、目を見開くゴーストだった。



2015.11.6




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