終焉と決心-2

走り続けていた一行が立ち止まったのは、シルバーが力なく片膝を突いたからだった。

“御主人!!”

ラッタとコラッタを腕に抱いているオーダイルが真っ先に駆け寄った。
シルバーの顔は血色が悪く、痛みで顰められている。
周辺は太い木々に囲まれて雑草が生い茂り、追手の姿はない。
この状況に相反して、木々の隙間からは暖かい太陽光が降り注いでいる。
オーダイルはコラッタを抱き締めているラッタを腕から降ろして言った。

“如何しよう、如何すれば…!!”

オーダイルは半狂乱に陥っていた。
肩で浅く息をするシルバーは俯いたまま左手首を強く握り、指の間から血が流れている。
コイルは小刻みに震えながら自分の無力さに打ちひしがれ、涙をぽろぽろと流していた。
体力が極度に削られたゴーストは浮遊しているのがやっとだ。

「とりあえず…止血する…。

慌てるな…。」

シルバーは右肩からどさりとリュックを下ろした。
オーダイルが慌ててそれを開け、応急措置をする為の救急箱を取り出そうと奮闘する。
震える手が物を取り落とし、中々目当ての物が見つからない。
一刻を争うというのに、身体が上手く言う事を聴かない。
シルバーは壊れてしまったポケナビを外し、心の中でオーキド博士に謝罪してからコートのポケットに入れた。

「……風呂敷とガーゼを出してくれ。」

リュックの一番上にあったのは小夜がシルバーに渡した風呂敷だった。
オーダイルがそれを無造作に引っ張り出すと、其処に包まれていた三つのボックスがリュックの中に残った。
その間にシルバーはマントから左肩を出し、コートから左腕だけを抜いた。
服に血がこびり付くが、気にしていられない。
止血の為に、止血点である二の腕の脇に近い部分をアウターの上から風呂敷で巻き、器用に口と右手できつく縛った。
オーダイルはその間に救急箱を取り出した。
其処に入っているのは大量のガーゼや百ml程の消毒液の瓶が三本、そして包帯や錠剤のシートだった。
これらは全て亡き彼が残していったものだ。

“ガ、ガーゼ…ガーゼ…!

でも、さ、先に手を消毒しないと…!”

声が震えているオーダイルは消毒液の瓶のコルクを慌てて引き抜き、中身を両手にかけて消毒した。
シルバーが右手を差し出し、オーダイルは血で染まった其処に消毒液をかけた。
これらは主人が小夜の傷を消毒しているのを見て覚えた手順だ。
傷口から細菌が入り込まないように手を消毒した後は、傷の消毒よりも先に止血だ。
するとシルバーがポケットに突っ込んでいた二つのモンスターボールから、マニューラとクロバットが現れた。

“シルバー!”

マニューラは思わずシルバーに抱き着こうとしたが、シルバーの左手首から止めどなく流れる血を見て思い留まった。
オーダイルのように両手を器用に使えないマニューラとクロバットは、シルバーとオーダイルの様子を見守るしか出来ない。
ボールから勝手に飛び出してきた二匹を見て、シルバーは僅かに笑ってみせた。

「……大丈夫だ。」

無理を取り繕ったその表情を見て、二匹は一気に不安になった。
一方のオーダイルはガーゼを手渡した際にシルバーの血が手に付着しても、嫌な素振り一つ見せない。
ずっと泣きそうな表情でシルバーを見ていた。
シルバーは左腕の袖を捲り、消毒した右手で持ったガーゼで左手首を圧迫した。

「…っ。」

きつく圧迫すると、頭が可笑しくなりそうな激痛が襲う。
オーダイルは次に何をしたらいいのか分からずに慌てふためいた。

「慌てるなって、言っただろ…。」

シルバーは弱々しく苦笑した。
その後、ガーゼが使い物にならなくなっては交換するという動作を何度も繰り返した。
ゴミ入れに取り出したポリ袋が膨らんでゆく。
その様子をラッタは呆然と眺めていた。
これは悪い夢だ。
目が覚めれば平穏なトキワの森が待っている。
何時ものように弟と一緒に朝食の木の実を探しに出掛けてから、追い掛けっこをする。
“兄ちゃん!”と無邪気に呼んでくれる。
ラッタの頭はそんな事を考えた。
すると、遠方の草陰が不自然に揺れた。


―――カサカサッ


オーダイルがはっと息を呑み、コイルは反射的にU字回路に電気を纏わせて警戒した。

“誰?!”

恥ずかしがり屋で消極的なコイルが声を上げた事に皆が驚いた。
すると、その草陰から一匹のピカチュウが顔を覗かせた。
目を瞬かせたコイルは電気を発するのをやめた。
ピカチュウはそれを見て完全に姿を現し、その背後からオタチとオオタチの二匹が続いた。
先程のゴルバットの群れとは違い、目も赤くなければ牙も長くない。
オーダイルたちは敵ではないと判断した。
シルバーを見て緊急だと気付いたピカチュウは、一行に駆け寄った。
身振り手振りで真剣に何かを話し、それに頷いたオーダイルがポリ袋の口をぎゅっと縛ってリュックに詰め込んだ。
リュックを肩に掛けると、シルバーの背を摩って尋ねた。

“歩ける?”

「ついてこいって事か…。」

シルバーの声は風に攫われそうな程に小さかった。
シルバーはゆっくりと立ち上がり、マニューラが救急箱を持ち上げた。
オーダイルは不安定に歩くシルバーの背を支えるように緩く押しながら、ラッタとコラッタを抱えてピカチュウの後ろ姿を追った。
歩いた道を示すかのように、シルバーの血がぽたぽたと地面に落ちた。




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