終焉と決心

咄嗟にラッタの前に飛び出したシルバーは、ゴルバットに左手首を噛み付かれた。
辺りに血が飛び散った。
一体何が起こったのか理解出来ていないラッタの頬に、またしても血が数滴付着した。


―――ピキッ


ゴルバットの上二本の牙はシルバーが装着していたポケナビに突き刺さり、不気味で乾いた音がした。
ポケナビが上手く盾の役割を果たしたが、下二本の牙はシルバーの手首の内側に深々と刺さった。
噛み付かれる瞬間、シルバーがゴルバットの翼の付け根を右手で掴んで反射的に抵抗した為、牙は手首を貫通しなかった。
こうなる前に殴り飛ばせばよかったのだろうか。
シルバーは自責の念に駆られた。
昔の自分を思い出してしまい、行動出来なかったのだ。

「ぐっ…!」

突き刺さっている部分が脈を打ち、シルバーは激痛に顔を顰めた。
力の限りで牙を引き抜くと、血が曲線を描くように噴き出した。
翼を掴まれたままのゴルバットの口は、シルバーの血で真っ赤に染まっていた。
すると、ゴルバットは最初の標的だったラッタに照準を定めた。
ゴルバットと目が合った瞬間、シルバーの足元にいたラッタは恐怖で目を瞑った。
一目散に駆け出したオーダイルは、強靭な顎でゴルバットに噛み付いて振り飛ばした。

“御主人!!”

片膝を突いたシルバーは、噛み付かれた左手首をぐっと握った。
ドクンドクンと脈を打ちながら血が溢れ出ている。
それを見たオーダイルは頭が真っ白になった。

「動脈を…やられたかもしれない…。」

傷口を確認する余裕はない。
シルバーがふらつきながら前を向くと、先頭で闘っていたクロバットがオーダイルの離脱により真っ先に狙われていた。

“クロバット!!

今行く!!”

そう叫んだマニューラが慌てて援護に向かった。
コイルはクロバットとマニューラの二匹の攻撃を擦り抜けたゴルバットに的を絞らなければならず、援護へ向かえない。
攻撃が間に合わず、クロバットとマニューラが複数のゴルバットに噛み付かれそうになった。
だがその時、赤い光が一直線に伸びて二匹を包み込んだ。
シルバーが二匹をボールに戻したのだ。
左手が使えないシルバーは右手で二つのボールをズボンのポケットに突っ込んだ。
ベルトのモンスターボールホルダーに装着し直す余裕はない。
腕を後方に回し、リュックの外ポケットに手を突っ込んだ。
直径三cm程の灰色をした煙玉を入れてあったのだ。

「逃げるぞ…!

コイル、来い!」

オーダイルは足元にいたラッタとコラッタを二匹一緒に抱えた。
その間にも大量のゴルバットが此方に向かって飛来した。
コイルのフラッシュと煙玉があれば、逃げ切れる可能性は十分にある。
シルバーの元へ急いで戻るコイルに、シルバーは命令した。

「コイル、フラ――」

台詞は不自然に途切れた。
シルバーの頭上を黒いポケモンが横切り、シルバーたちをゴルバットの群れから庇うように現れたのだ。

「…お前は…!」

オーキド研究所で留守番をしている筈のポケモンが現れた。
それはシゲルのゴーストで間違いなかった。
シルバーが目を見開いた時、そのポケモンは飛び掛かってくるゴルバットに向かって技を発動した。
黒く霞んだ幾重もの波紋に乗って、まるでオルガンが奏でる鎮魂歌のような音がゴルバットの群れを襲う。
全てのゴルバットが金縛りにあったかのように突然動きを止め、次々と地面に落ちてゆく。
その間にも波紋と音は続いた。
シルバーはその技が何なのか、すぐに分かった。

これは、滅びの歌…!

ゴーストの後方にいるオーダイルとコイルは、波紋に触れていない為かダメージはない。
ゴルバットが次々と瀕死になると共に、ゴーストの体力が急速に削られてゆく。
このままではゴーストも瀕死になってしまう。

「ゴースト、もうやめろ…!」

シルバーは力の限り叫んだつもりだったが、思ったより声量が出なかった。
ゴーストがはっとして口を閉ざした。
シルバーは手に持っていた煙玉を思い切り投げた。
それが地面に叩き付けられたと同時に、辺り一面を灰色の煙が覆った。
一行は一目散に駆け出し、煙が風に流されて消えるまで走り続けた。




page 1/3

[ backtop ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -