大袈裟-3

大量の羽音が追い掛けてくる。
此処で共に暮らしてきた仲間が、次々と攻撃されていく。
仲間の血飛沫が頬を数滴掠めても、振り返れなかった。
異常に鋭利な四つの牙に引き千切る勢いで噛み付かれながら、仲間は逃げろと叫んでいる。
それが耳に反響し、胸が握り潰されるのではないかと思う程に苦しい。
全力で走っている筈なのに、目前の景色がスローモーションのように視界を流れてゆく。
すぐ背後を走っていた弟が、敵であるゴルバットに噛み付かれた。
思わず足を止めて振り返るが、その反動で転倒した。

“コラッタ!!”

“逃げて…ぇ!!”

弟のコラッタは筋肉を貫通する牙の激痛に悶えながら、力を振り絞って兄に叫んだ。
兄のラッタはそれを聴き入れなかった。
吸血によって弟の身体から血液を奪い取るゴルバットに、震える身体で捨て身タックルを食らわせた。
ゴルバットは吹き飛ばされるも瀕死にはならず、その目に怒りを見せた。
本来は白い筈の眼球は血のように真っ赤に染まっている。
ラッタは慌ててコラッタに駆け寄った。

“コラッタ、コラッタ…!!”

牙に刺された四つの傷は腹部と両足に二ヶ所ずつあり、其処から血液が溢れ出していた。
コラッタはラッタの呼び掛けに全く反応しない。
ラッタが弟の身体を抱き締めると、恐怖の余りに止まっていた涙が堰を切ったように流れ出た。
すると大量の羽音が間近に聴こえ、ラッタははっと顔を上げた。
口周りに血液の付着したゴルバットが十匹以上も飛び掛かってきた。
終わりだ――死を覚悟した。


―――ヒュン…ッ


透明で光る何かが、ラッタの横を高速で通り過ぎた。
それは無数の氷柱だった。
高威力の氷柱を受けた何匹ものゴルバットは、地面に落ちたり木々に叩き付けられたりした。
目に見えない素早さで兄弟の前に現れたのは、氷と悪タイプのポケモン――マニューラだった。
敵から庇うように背を向けて立っているマニューラは、振り向かずに言った。

“下がって!!”

マニューラの必死の呼び掛けは、凄惨な状況にショックを受けているラッタには通じなかった。
ラッタはただ呆然とマニューラの背を見つめ、弟のコラッタを抱き込んでいる。
このマニューラは何処から来たのだろうか。
マニューラの攻撃を受けたゴルバットは瀕死になって地面に落ちたが、その背後から数え切れない程のゴルバットが姿を現した。
その数に目を見張ったマニューラの心音が大きくなる。

多い…!!
けど、やるしかない!!

マニューラは次から次へと飛来してくるゴルバットへと、再度氷柱落としで攻撃した。
更に追撃しようと両腕に氷を纏わせ、氷柱が命中しなかったゴルバットへと直接攻撃を仕掛けた。
だが数が多過ぎて手が回らず、斜め上から噛み付かれそうになった。
マニューラは目を見開き、息を呑んだ。

「クロバット、エアスラッシュ!!」

ラッタは突如聴こえた人間の声に肩を揺らして反応した。
半月型をした無数の空気の刃が現れた。
それはマニューラを攻撃しようとしていたゴルバットを含め、他のゴルバットにも命中した。
マニューラは身軽に着地してから振り返り、安堵の表情を浮かべた。

“シルバー!

クロバットも!”

やっとマニューラに追い付いたシルバーは、上気する息を整えた。
クロバットとは走っている間に合流したのだ。
マニューラの無事を確認したシルバーは怒鳴った。

「向こう見ずだ!!

いい加減にしろ!!」

シルバーに叱咤されても、マニューラはニッと笑うだけだ。
シルバーはゴルバットの群れへと目を遣った。
この森の洞窟から全員が出てきたのかと疑う程の数だ。

「何だよこの数…!」

怯んでいる時間はない。
シルバーは腰のベルトからモンスターボールを一つ取り出し、拡大させてから放った。
現れたのは、体力を温存させておいたオーダイルだ。
シルバーが見た群れのゴルバットは眼球が血のように赤く、その牙は口を最大まで開けてもかち合う程に長い。
人間の手が加わっている事は確かだった。
夜行性のゴルバットがこのような真昼間の時間帯に活発に活動しているのは妙だ。
何かに操られているのだろうか。
シルバーが推察出来たのは一瞬で、ゴルバットの群れは容赦なく襲ってきた。

「オーダイル、ハイドロポンプ!

クロバット、エアスラッシュ!」

シルバーは敵との距離が直接攻撃の範囲になるまで、遠距離攻撃の方がいいと判断した。
それでも数が多過ぎるゴルバットは二匹の攻撃を擦り抜け、ラッタに飛び掛かろうとした。

「マニューラ、冷凍パンチ!」

マニューラの攻撃によって、そのゴルバットはラッタの目の前で落とされた。
オーダイルとクロバットが対応しきれなかったゴルバットにマニューラが攻撃する。
だが、数が多過ぎる。
三匹では対応しきれない。
シルバーは拳を握り、もう一つのボールをベルトから取り出した。
其処から放たれたコイルは、大量の敵を見た瞬間に身体を強張らせた。
傍には血を流しているコラッタが横たわっている。
ただでさえ衝撃的な状況なのに、バトル経験の少ないコイルは余計に動揺した。

「闘えるか?」

シルバーはコイルが震え上がってしまわないかと心配で、迷いに迷ってコイルを繰り出したのだ。
コイルはシルバーの予想通りに震えていたが、力強く頷いた。

“僕だって闘える!”

「なら行くぜ!」

オーダイルとクロバット、そしてマニューラが一心不乱に攻撃している。
だが此方が瀕死にする数よりも、敵が攻撃してくる数の方が多い。
三匹が対応しきれなかったゴルバットに攻撃すべく、シルバーは命令した。

「コイル、十万ボルト!」

コイルは躊躇なく前方へ浮遊すると、エーフィに鍛えられた電撃を繰り出した。
飛行タイプに対して、氷タイプの冷凍パンチと同じく、電気タイプの十万ボルトは効果が抜群だ。
すると、シルバーはラッタ兄弟の元へと駆け寄り、片膝を突いた。
その場には血溜まりが出来ていて、倒れているコラッタは微動だにしない。
傍にいるラッタは身体の処々に血が付着しているものの、怪我はないようだ。
ラッタが怯えた様子でシルバーを見上げた。
シルバーはマントとマフラーで顔と身体を隠していて、ラッタに怯えられるのも無理はない。

「怯えなくていい。

俺は敵じゃない。」

シルバーは口元を隠していたマフラーを引き下げ、ラッタに顔を見せた。
少しでも信頼して欲しいと思って出た行動だった。
ポケモンの惨い生体実験を見た経験があるシルバーは、コラッタの状態を見ると昔を思い出すようで胸が苦しくなった。
コラッタの小さな喉元にそっと指を遣り、脈拍を確認した。

「………。」

シルバーは唇を噛んだ。
コラッタの体温は既に下がりつつあり、息を引き取っていた。

“シルバー!!”

コイルがシルバーの名を叫んだ。
シルバーが顔を上げた時には、瀕死になったと思われていた一匹のゴルバットが狂ったようにラッタ目掛けて飛来していた。
他の三匹がシルバーに振り向いた時には、ゴルバットの前に立ち塞がったシルバーが左手首を噛み付かれていた。



2015.4.6




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