大袈裟-2

―――ガサガサ…


昼前のトキワの森に、木々の間の背高草や雑草を掻き分けながら進むシルバーの姿があった。
黒いマントを羽織り、リュックを含めた自分の姿を覆っている。
大きめのフードを目深に被り、マントの下に巻いているマフラーで口元まで隠している。
マントの複数ある前ボタンは一番上だけが留められている。
全てのボタンを留めない理由は、何かあった時にボールを投げるといった動作が簡単に出来るようにする為だ。
この森はスピアーの群れにも遭遇するし、迷いの森とも聴く。
マサラタウンの新米トレーナーが直面する第一関門としては少しレベルが高い気がする。

「疲れたか?」

“全然!”

シルバーの足元にはマニューラがいた。
シルバーはトキワの森に到着してからマニューラをボールから出し、それから既に三時間は歩いている。
敢えて人に見つかり難いルートを進み、足場も視野も悪い。
マニューラが疲労していても可笑しくないのだ。
シルバーがマニューラを外へ出しているのは、その俊敏性が優秀であり、且つ小柄な身体は姿を隠し易いからだ。
シルバーは木の根元で一旦立ち止まり、上を見上げた。
密集している木々の間から漏れる日差しが眩しい。
一見平穏に思えるが、シルバーが知るトキワの森とは様子が違った。

「ポケモンたちの姿がない。」

ずっと歩き続けてきたが、ポケモンたちの姿が見つからない。
小夜から僅かに移っている気配感知能力のお陰か、野生のポケモンからの視線を感じる事はあった。
それも片手で数えられる程しかなく、遠くからの視線だった。

「何かから隠れているのか…?」

小夜が波導で森の様子を探っても、不審なものは見つからなかった。
だが波導で探ったとはいえ、広大な森の全てを余す処なく探るのは不可能だ。
仮に野生のポケモンたちが何かから逃げているとしたら、それは何だろうか。
此処にあっても不審ではないもの。
小夜が波導で見つけていたとしても不審だと思わない程に自然体なもの。
もしくは目に見えないものかもしれない。
ロケット団は此処を訪れ、一体何をしたのだろうか。
それを調査する為にシルバーは此処へ来たのだ。

「休憩にするか。」

“うん!”

シルバーは木の太い根元に腰を下ろし、マントの下に隠していたリュックを下ろした。
其処からオボンの実とおやつの木の実の二つを取り出し、マニューラに手渡した。
だがマニューラはそれを受け取ったものの、シルバーの目を見たまま食べようとしない。

「要らないのか?」

マニューラは首を横に振ると、片手でシルバーのリュックを揺らした。

「俺も何か食べろと。」

“そう!”

今朝、シルバーが青いチェック柄の風呂敷に包まれている何かを小夜から貰っていたのをマニューラは知っている。
だがシルバーはマニューラ以外のポケモンたちが昼食を摂っていない事が気掛かりだったのだ。
だが森の状況がまだ把握出来ていない以上、無闇にポケモンたちを外へ出すのは控えたい。
マニューラが食べようとしないのを見て、シルバーは観念してリュックを漁った。
マニューラが今朝見た通りの風呂敷が取り出される。

“わわ、愛妻弁当?”

「からかってるだろ。」

にやにやするマニューラにむっとしながら風呂敷を解いた。
おにぎりとパン、そしてポフレが半透明のボックスに入っていた。
早起きした小夜が手作りしたものだ。
其々をボックスに入れたのは、型崩れしないようにと気遣ったからだろう。
シルバーはおにぎりのボックスを開けた。
縦長のボックスにおにぎりが六つ詰め込まれていて、一つ一つがラップに包まれている。
その内の一つを手に取り、手が汚れないようにラップを剥がした。
マニューラが嬉しそうな顔をすると、シルバーも笑った。

“いただきまーす。”

「……小夜、サンキュ。」

同時に食べ始めながらも、周囲への警戒は怠らない。
ポケモンたちからの視線は一向に感じない。
シルバーは高菜が入っていたおにぎりを食べ終えると、何時ものミネラルウォーターで水分補給をした。
ミネラルウォーターは念の為に三本持ってきている。
マニューラには水筒に入ったモーモーミルクを与え、腰を上げた。

「そろそろ行くか。

油断するなよ。」

“了解。”

長くはない休憩が終了した。
再度背高草を掻き分け、森をどんどん進んでゆく。
大体だが、シルバーは現在地がどの辺りかを把握していた。
如何進めばトキワシティに出るのか、近道も知っている。
トキワシティに住んでいた時期、シルバーの退屈を紛らわせたのはこの森だった。
その記憶を頼りに人通りの少ない道を選択し、何か不審なものはないかと探索し続けた。
だが小一時間程進んでも、特に何も見つからなかった。
背高草の道を抜け、木々に囲まれた短い雑草の生い茂る道へと出た。

「何の進展もないままじゃ終われないな。」

シルバーはもう一度立ち止まると、腰のモンスターボールホルダーからその一つを取り出し、近くに放った。
現れたのは飛行能力のあるクロバットだ。
シルバーはリュックから木の実を取り出し、クロバットに差し出した。
クロバットはゴルバットの時よりも大分小さくなった口でそれを頬張った。

「この辺りを見てきてくれ。

何かあれば知らせろ。

慎重にな。」

“分かった!”

木の実を完食したクロバットは大きく翼を広げ、飛んでいった。
シルバーはそれを見送ると、マニューラの両脇に手を入れて抱き上げた。
突然の事にマニューラはぽかんとした。
マニューラを片腕で器用に抱えたまま、シルバーは歩き出した。
シルバーの腕に座っているような体勢のマニューラは、主人を見上げてあたふたと主張した。

“俺、歩けるよ!”

「疲れてきたんだろ。

さっきから不規則にペースが落ちていた。」

マニューラは気付かれないようにと必死だったが、見抜かれていた。
小柄な身体ではシルバーよりも移動距離が長く感じるし、草を掻き分けながらだと余計に体力が奪われた。

「ボールに戻す事も考えたが…何かあった時に反応して貰えないと困る。

体力を温存しろ。」

“わ、分かった。

ありがとう。”

シルバーも疲れていない訳ではないが、これまでの旅でも一日中歩いていたし、この程度では立ち止まらない。
マニューラを腕に抱えながら歩き進めた。
川沿いに出てみると、やっとコイキングの姿を見つけた。
水中で生活しているコイキングは姿を隠す場所を見つけ辛いのか、それとも単に間抜けなだけなのか、姿を隠してはいなかった。
野生のポケモンの姿を見て少しだけ安心したシルバーは、左手首に装着しているポケナビの画面を覗いた。
もう正午を回っている。
シルバーの手持ちの中で最も戦闘能力の高いオーダイルは、もしもの事態に備えて体力を温存させておきたい。
その為には、やはり食事を与えた方がいいだろう。
クロバットが帰ってきて身を隠せそうな場所を見つけたら、其処で昼食にしよう。
そう決めた時、ポケモンの悲鳴が聴こえた。

「!!」

シルバーは悲鳴の方向へと勢いよく振り向いた。
耳の良いマニューラが地面へと降り、素早く走り出した。

“こっちだ!”

シルバーはマニューラの後を追い、全速力で駆け出した。




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