依存とは-2

ボーマンダとスイクンの二匹と共に部屋で戯れていた小夜は、ロケット団員らしき邪悪な人間の気配を感知した。
場所はトキワの森だ。
嫌な予感がした。
自分が止めなければ。
そんな使命感が過った。
四階からベランダへ降りてからシルバーに止めて貰うまで、自分ではない自分が勝手に行動しているような感覚がした。
暴走とまではいかずとも、また冷静を欠いてしまった。

「なるほど、トキワの森か。」

二人から事情を聴いたオーキド博士は、腕を組んでそう言った。
二人は一階で研究中だったオーキド博士を緊急で呼び出し、今に至る。
此処は二階にあるオーキド博士の研究室で、三人以外に誰もいない。
通信交換の為の機材など、様々な精密機械が丁寧に設置されている部屋で、三人は立ったまま話をしている。

『森へ行ってはいけませんか?』

「それはならん。」

「俺も賛成出来ない。」

小夜は感知した気配をロケット団のものだと言った。
もし本当にロケット団ならば、トキワの森へ出向くのは自分から罠にかかりに行くようなものだ。

『でも…何かが起きます。

私には分かるんです。』

「君の能力はわしも信頼しておる。

君を疑ってはおらん。」

予知夢がロケット団との接触を警告しているのに、自分から首を突っ込むなど、シルバーもオーキド博士も許せなかった。

『お願いします、博士!』

小夜は深々と頭を下げた。
如何してもトキワの森へ向かいたいようだ。
だが、オーキド博士は首を縦に振らない。
シルバーは頭を下げたままの小夜の隣で深く息を吐き、拳を一旦握ってから解いた。

「俺が行こう。」

小夜とオーキド博士が言葉を失い、目を見開いてシルバーを見つめた。
シルバーは既に心を決めた表情をしていた。

「トキワの森なら詳しい。」

シルバーはトキワシティ出身だ。
トキワの森にも何度も入った事がある。

『でも!』

「様子を見に行くだけだ。

お前が其処まで言うのなら、何かある筈だからな。」

オーキド博士は見つめ合う二人を見て黙り込んでいた。
シルバーは続けた。

「お前の波導では怪しいものは見えなかった。

なら直接見に行くしかないだろ。」

先程小夜の部屋で、小夜が波導を駆使してトキワの森を探っても、特に変わりはなかった。
遠隔で異常が分からないのなら、直接見て感じ取る必要がある。
小夜は眉尻を下げ、必死に言った。

『そんなの危ない…!』

「誰かが行かないといけないだろ。」

『シルバーが行く事ないでしょう?』

「俺だから行くんだ。」

ロケット団の仕業かもしれないのなら、それを阻止してみせる。
小夜はぎゅっと唇を噛んだ。

「うむ、シルバー君に頼もう。」

『博士!』

小夜に涙目で見つめられても、オーキド博士の決意は揺るがなかった。
トキワの森で何かあるかもしれないと小夜が予期しているのなら、森の様子が尚更気になる。
土地勘のあるシルバーに向かって貰うのが最善だと判断した。
シルバーは慎重であり、小夜のように無茶をしない。
ロケット団に遭遇しないように上手く逃げるだろう。
再度ロケット団の気配を小夜が感知すれば、シルバーにポケナビで連絡して遭遇を回避するのも可能だ。
テレポートが使えるネンドールもいる。

「出発は明日の朝じゃ。

今日は様子を見よう。

それまで準備を頼むぞ。」

「分かりました。」

『……。』

小夜は瞳を伏せ、完全に閉口してしまった。
オーキド博士は申し訳なさそうに小夜を見ている。
この沈黙に耐え切れず、シルバーは小夜の手首を掴んだ。

「博士、突然失礼しました。」

「また何かあったらわしを呼ぶんじゃよ。」

「はい。」

シルバーはオーキド博士に頭を下げると、焦点の合っていない小夜を引っ張って部屋を後にした。
長い廊下に出て、階段へと向かう。
手首を引かれるまま躓きそうな小夜は依然として俯いたままだったが、ふいに口を開いた。

『シルバーだって――』

「?」

シルバーは階段の目前で立ち止まり、小夜に振り返った。
俯いている小夜の表情は見えない。

『シルバーだって…今トキワの森へ行ったらロケット団に逢うかもしれないのに。』

ロケット団との遭遇にリスクがあるのは小夜だけではない。
サカキはビシャスにシルバーの居場所を捜索させていた。
つまり息子であるシルバーに間接的ながらも接触を試みているのだ。
シルバーの存在を知っているのがロケット団幹部の一握りとはいえ、ロケット団が出現するかもしれない場所へ向かうのが危険である事に変わりはない。
万が一にでも捕まる可能性は否めない。

「確かに俺もロケット団には逢わない方がいい。」

小夜をロケット団と接触させたくないのなら、シルバーもロケット団と逢わない方がいい。
だが小夜は自分の心配よりもシルバーの心配をしていた。
シルバーに何かあれば正気ではいられない。

「見つからないようにするし、顔も隠す。」

以前のビシャスのようにマントで身体を隠し、フードを目深に被るつもりでいる。

『本当に?』

「ああ、すぐに帰ってくる。」

本当にロケット団の手によるものなら、サカキの目論見という事になる。
それを阻止してやりたいという気持ちはあるが、小夜の為にも首を突っ込み過ぎるのは避けるつもりだ。
シルバーは小夜の両頬に手を添え、そっと顔を上げさせた。
恐ろしく端整な顔が不安そうにシルバーを見上げる。

「今回はお前の力を借りずに行きたい。

俺はお前に依存しているからな。」

『…依存?』

「俺は心の何処かで何時でもお前が助けてくれると思ってしまっている。」

小夜の能力があれば、大概の事が可能だと考えている。
ハテノの森の事件では、小夜が倒れて戦闘不能になると、サトシたちだけではなく自分まで不安になった。
能力の使用を控えろと小夜に言うのに、その能力に頼っているのは矛盾している。
小夜は眉を寄せた。

「俺はまだまだ未熟だ。

それでも、こいつらは弱くない。」

シルバーは白いベルトのホルダーに装着されているモンスターボールに触れながら言った。
当時レベルが低かったポケモンたちは著しく成長し、安心して頼れるようになった。
信頼されていると実感出来るようにもなった。

「今回は遠くから見守ってくれないか?」

『……。』

小夜は頷かなかった。
シルバーの言い分が言い訳に聴こえるからだ。
何が待っているかも分からないトキワの森に、シルバーだけが向かう意味が理解出来ない。
何かがつっかえるように納得出来ないのだ。
そして、まるでシルバーから突き放されたような冷たい心地がした。
もう必要ないと言われているようで、寂しさを感じずにはいられなかった。
シルバーがそのような事を思う人ではないとは分かっている。
それでも、小夜の心の中には溶けない固まりのような物が重く残った。
自分の意思に反して、小夜の口が抑揚なく言葉を紡いだ。

『…依存の何がいけないの?』

「!」

『私だってシルバーに依存してる。』

小夜はシルバーの両手を包み込むようにぎゅっと握った。

『シルバーがいないと生きていけない。

辛くたってシルバーが支えてくれると思ってる。』

「…それは依存とは違う。

俺を頼ってくれているだけだ。」

『何が違うのか分からないよ。』

「個人の捉え方だ。」

頼る≠ニ依存≠フ違いは何だろうか。
シルバーは頼る≠フ延長線上に依存≠ェ存在すると思っていた。
だが何処からがその延長線上なのか、何処が境界線なのか。
それは人其々考え方が違うだろう。
上手く答えが出ないまま、シルバーは微笑んで言った。

「俺はもっとお前の負担を軽くしたい。」

小夜は瞳を見開いた。
能力を授かって生まれてきたのに、何故命を助けられなかったのか。
能力があるから皆を助けられて当然だ。
そういった小夜の負担を、シルバーは軽くしたいと思っている。
シルバー自身が強くなって小夜の助けになる事で、それは可能だと信じている。
今回小夜なしでトキワの森へ出向くのは、その為の試練である気がしていた。

「ずっとお前に助けられてきた。

俺もお前を助けたい。」

『もう十分助けられてるよ。』

「そうか…?

なら、それ以上にな。」

助けられていると言ってくれるだけで、シルバーは嬉しかった。
もう随分と前の話だが、小夜を傍で支えたいと大口を叩いた事がある。
そして今、それが少しでも出来ているのだと思えるのは幸福な事だ。

「お前の能力に依存していると言ったが…これからも俺を支えて欲しい。」

小夜に頼り過ぎずに、頼りたい。
それは我儘だろうか。
微笑んだ小夜は、今度こそ頷いてくれた。
シルバーがポケモンたちと信頼関係を築き、共に強くなっていく姿を誰よりも近くで支えたい。

「俺がいないと生きていけないとお前が言ったように、俺もお前がいないと生きていけない。」

『っ。』

小夜の涙腺が緩んだ。
泣き出しそうな小夜にシルバーは困ったように笑う。
紫の前髪を掻き上げ、小さな額に唇を落とした。
今後離れる事があるとしても、お互いの存在は必要不可欠だ。
それを確認した二人は、明日を迎える覚悟が出来た気がした。



2015.4.2




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