混乱-2

エーフィがコイルを連れて部屋に戻ると、二人の手持ちポケモンたちが修行を労うように迎えてくれた。
普段と変わらない光景のように見えるが、一点だけ違っていた。
それはシゲルのゴーストがいる事だ。
エーフィはゴーストがこうやって皆と共に行動している事に抵抗を感じていない。
ゴーストは身体の性質を利用して様々な顔芸を披露し、皆を笑わせていた。
小夜が言った通り、悪い子ではない。
だがエーフィには不安があった。
もしこの状況がシゲルに見つかれば、ゴーストだけでなくシルバーや小夜ですら何を言われるか分からない。
それにオーキド博士もこの件を知らないのだ。
二人は喧嘩している場合ではなく、この問題の早期解決に努めるべきだ。
小夜に喧嘩の内容を話して貰った時の事をふと思い出した。


“痴話喧嘩だね。”

小夜の話が終わった瞬間、エーフィは困惑してそう言った。
小夜の部屋には手持ちの四匹が揃っていた。
ベッドに腰を下ろしている小夜は白い枕を腕に抱きながら俯いており、それを囲うようにして四匹がカーペットに座っていた。
ボーマンダはカーペットの上にお気に入りの絨毯を敷き、その上に乗っていた。

『分かってるよ…。

些細な喧嘩だもの。』

シルバーの嫉妬が発端なのは、その場にいる誰もが分かった事だった。
シルバーが嫉妬して異常に激昂し、更に小夜がそれを理解出来ずに心にもない事を言ってしまった。


―――ならシゲルの処へ行けばいいだろ!!


小夜の言い放った台詞も中々だが、シルバーのこの台詞は酷だ。
シルバーの事が大好きな小夜には相当堪えただろう。
そしてシルバーは小夜がシゲルの恋心に気付いていない事を知っている為、余計に腹が立つのだろう。
もし自分の恋人が好意を持って接してくる異性の名を何度も呼んでいれば、誰だって複雑な気持ちになる。

『すぐ仲直りするよ、…………多分。』

別行動になった事があるとはいえ、こんな風に喧嘩で離れるのは経験にない。
今まで旅を共にしてきたし、この研究所でも隣同士の部屋で生活している。
ボーマンダはエーフィに言った。

“早く仲直りするのに越した事はないよ。

でも十分に頭を整理してからでもいいんじゃないか?”

頭が混乱したまま話し合っても上手く仲直り出来ないだろうし、十分にとは言ってもそんなに日を要しないだろう。
ボーマンダは芝生で仰向けに寝転んだりと間抜けだが、こういった場面では小夜の観点から冷静沈着に意見する。
その意見にエーフィが答えた。

“それは分かってるよ。

でも小夜が余計不安定になるのはよくない。”

予知夢で精神が弱っている今の小夜にはシルバーの支えが必要なのだから、早く仲直りさせなければ。
エーフィがそういった使命感に駆られる一方で、スイクンが荘厳な声色で言った。

“もし喧嘩をしている状態で小夜が予知夢を見たとしても、シルバーは必ず小夜の力になる。

小夜の安定を求めるのなら、急かすのではなく見守るべきだ。”

“…。”

エーフィは目を伏せ、スイクンの台詞を脳内で反芻した。
如何やらエーフィの中で焦燥感が空回りしていたようだ。
冷静になるべきなのは自分も同じだ。
人を殺めてしまうかもしれないという恐怖と闘っているのは小夜なのに、自分が感情的になって如何する。
するとずっと黙っていたバクフーンが口を開いた。

“シルバーは小夜が大好きなんだ。

心配要らないと思う。”

エーフィはわだかまりが解けたように微笑み、納得して頷いた。
すると小夜が顔を上げ、潤ませていた瞳に希望の色を宿した。

『皆、ありがとう。』



現在、小夜はオーキド博士の下で手伝いをしており、朝から晩まで付きっきりだ。
二人が話すのは夕食の時間になるだろう。
それまでこの部屋で待機だ。

“御主人の様子は如何だった?”

オーダイルが不安そうに尋ねた。
エーフィはその不安を払拭すべく努めて言った。

“小夜と話す覚悟を決めていたよ。

不機嫌じゃなかったし、今夜には仲直りするよ。”

シルバーに昨夜怒鳴ったエーフィだが、小夜やそのポケモンたちと話し合いをしてから態度を改めた。
修行の際に険しい表情を浮かべたとはいえ、シルバーに怒る様子もなかった。
控えめに縮こまっているゴーストを見て、マニューラが陽気に言った。

“またそんな顔して!

シルバーも君のせいじゃないって言ったんだから、気にしちゃいけないよ。”

先程もシルバーはゴーストに笑い掛けていた。
それを見た時、ゴーストは本当に嬉しかった。

“でもやっぱり俺がシルバーに近付いたから…。”

顔芸が大好きなゴーストだが、意外にもネガティブらしい。
シルバーの嫉妬の原因はシゲルであり、そのシゲルが話に出てきたのはシゲルの手持ちである自分がシルバーに近付いたのが原因だ。
原因を遡れば自分に辿り着く。
バクフーンが励ますように言った。

“考え過ぎだよ。

それにちゃんと仲直りするから、見ててごらんよ。”

バクフーンはニッと笑い、その隣にいたオーダイルも便乗して笑った。
ゴーストは不安を残しながらも、小さくうんと返事をした。
しんみりしてしまった場の流れを変えようと思ったボーマンダが、気になっていた事を尋ねた。

“ゴーストは前々から小夜の事を知ってたのか?”

“うん、知ってた。”

皆の優しさを感じたゴーストはちょっぴり照れながら答えた。

“シゲルはポケモンセンターでオーキド博士によくテレビ通話をしてたんだけど、その度に出てきたのが小夜の名前なんだ。

小夜は大丈夫なのか、ってシゲルはしょっちゅう訊いてた。”

何が大丈夫なのかは結局分かっていない。
その質問に対するオーキド博士の回答は何時も同じで、分からないとばかり言っていた。
ゴーストのモンスターボールがシゲルに持ち歩かれていた時期、小夜はまだロケット団に解放されておらず、オーキド博士にも一切連絡していなかった。
オーキド博士が分からないと回答したのは、実際に間違いではないのだ。
因みにシゲルはサトシと違い、マサラタウンを旅立ってから一度も小夜と再会していない。
つまりまだ小夜の正体を知らない。

“あれだけ必死になるシゲルを見てたら、大事な人なんだなって思った。

でも顔は見た事がなかった。”

“私たちが小夜を呼んでいるのを見て気付いたんだね。”

エーフィの台詞にゴーストは何度も深く頷き、思い出すように天井を見た。

“びっくりしたよ、凄く綺麗な人だ。”

シゲルが好きになるのも頷ける。
紫を纏う優美な姿は凛として品があり、時折柔らかく微笑む表情も非常に魅力的だ。
ゴーストはシルバーの手持ちになろうとしたのを小夜に見られた時、それをシゲルに話されてしまうのを恐れた。
小夜に怯えた訳ではない。
恐ろしく端整な小夜の顔を見て、圧倒されたのが事実だ。

“小夜は何だか君に似てる。”

ゴーストはスイクンを見て言った。
それは誰もが納得する事だった。
小夜の髪色はスイクンの鬣の色と同じだし、凛とした雰囲気も似ている。
紫色なのはエーフィも同じだが、エーフィの体毛は小夜の髪色よりも若干薄い。
スイクンは穏やかな表情で言った。

“私もそう思っている。”

スイクンは六年前に小夜と出逢った時、運命を感じた。
それは小夜が自分に酷似していると思ったのも一因だ。
だが小夜とスイクンは血が繋がっている訳でもなく、完全に偶然だ。
するとボーマンダが自慢げに言った。

“シルバーが小夜を好きになった理由は、容姿が綺麗だからってだけじゃないよ。”

まるで自分の事のように主張するボーマンダは、踏ん反り返りながら毅然と鼻を鳴らした。
バクフーンはオーダイルと目を合わせ、ククッと笑って言った。

“まぁ最初はシルバーの一目惚れから始まったんだけどね。”

そうなんだ…と小声で言ったゴーストは神妙な顔付きになった。
それを見たコイルがゴーストの内心を代弁するかのように言った。

“でもシゲルも小夜の事が好きなんだよね…?”

ゴーストの本来の主人はシゲルであり、シゲルは小夜が好きだ。
そして小夜を好きなのはシルバーも同じだ。
シゲルは二人が付き合っている事を知らないし、ゴーストがこうやってシルバーのポケモンになりたいと希望している事も勿論知らない。
シゲルからすれば、シルバーは小夜だけでなく手持ちのゴーストをも拐ってしまう人物となり得るのだ。
ゴーストは罪悪感と切望が葛藤し、頭がパンクしそうになった。

“まだいいんじゃないかな。”

ゴーストの混乱を治める為に、さり気なく言ったのはエーフィだった。

“色々考えるのは二人が仲直りしてからでいいと思う。

十分頭を整理してからにしよう。

時間は沢山あるよ。”

昨夜のボーマンダと似たような台詞を言ったエーフィに、小夜の手持ちである三匹は目を見張った。
シゲルがマサラタウンに帰ってくるのはジョウトリーグが終わってからだ。
ゴーストが今後如何したいのか、考える時間はある。
救いの手を差し伸べられたような気持ちになったゴーストは、涙腺が緩くなるのをぐっと堪えた。




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