混乱

僕は昨日、シルバーと喧嘩直後の小夜を見た。
研究所のベランダから飛び出してきた小夜は泣いていた。
何事かと思えば、シルバーと喧嘩したとの事だった。
喧嘩の内容は聴いていない。
僕は庭でエーフィに修行相手をして貰っていたけど、急遽中断した。


―――早く仲直りして。

―――今は不安定な時期なんだから、シルバーの助けが必要でしょ?


エーフィはそう説得を試みていたけど、小夜は首を縦に振らなかった。
シルバーに余程きつい事を言われたのか、喧嘩したとしか言わない小夜は暫く泣いていた。
小夜の涙は綺麗だった。
哀しんでいる小夜を見て綺麗だと思うなんて、僕は酷いポケモンだ。
その場にいられなくなった僕は、シルバーの様子が気になってシルバーの部屋に戻った。
案の定、シルバーは不機嫌だった。
最近のシルバーは論文を纏める作業に必死だ。
昨日は力んでいたのか、シャーペンの芯をぼきぼき折っていて、あからさまに不調だった。
早く仲直りして欲しい。
二人が仲良くしているのを見るのが好きだから。


コイルはエーフィに向かって十万ボルトを放ちながら、ぐるぐると思考を巡らせていた。
電撃はエーフィの結界に吸収されるかのように消えていく。
すると集中していない事をエーフィに見抜かれ、突如攻撃を跳ね返された。
倍になって返ってくるその攻撃を思い切り食らってしまい、集中していれば回避出来たのにと後悔した。
身体が痺れるのを感じながら、芝生に落下しそうになった。
だが、それを温かい何かが受け止めた。

「大丈夫か。」

頭上から主人の声がした。
シルバーの両手に身体を預けているコイルは、薄く開いた目をシルバーに向けた。
そして機械音のような声を細々と発した。

“…シルバー、仲直りしないの…?”

「?」

コイルの身体に残っていた十万ボルトの余韻が徐々に消えていく。
コイルの様子を窺いに来たエーフィはその台詞を聴き、シルバーの脚元で険しい表情を浮かべた。
シルバーに昨夜激怒したエーフィだが、日課となった修行には全力で手を貸している。
コイルの修行と二人の喧嘩は無関係だ。

「もう夕方だ、今日は休むといい。」

既に修行を終えたオーダイルたちが小夜の部屋で待っている。
二人のポケモンたちは二人が喧嘩していても、今まで通り何の変わりもなく交流している。
小夜は今日一日中オーキド博士の研究に付きっきりで、昼食の時間になっても部屋に戻っていない。
二人のポケモンたちとシルバーは昼食を如何したのかというと、バクフーンがキッチンルームから部屋へと運んできた。
シルバーが渡されたのは小夜が前もって準備してあったサンドイッチだった。
小夜に謝罪するタイミングを逃したまま昼食の時間が過ぎ、シルバーはエーフィに頼んでポケモンたちの修行に付き合って貰った。
この後は夕食の時間まで論文を纏める作業をするつもりだ。

「エーフィ、今日も助かった。

また頼む。」

エーフィは一度だけしっかりと頷いた。
何の躊躇もなく感謝の言葉を告げてくるシルバーに驚かなくなって久しいものだ。
コイルが手に乗ったままのシルバーは部屋へと脚を進め、エーフィもその後を追った。
四階まで上がって小夜の部屋の前に到着すると、コイルはシルバーの手から離れて浮遊した。

「俺は自分の部屋に戻る。

お前たちは夕飯の時間になったら二階へ行けばいい。

俺も後で行く。」

エーフィが本当なのかと疑いの目でシルバーを見る。
するとシルバーは目を閉じてふっと笑った。

「今晩小夜と話すから、安心しろよ。」

“分かったよ。”

信用する事にしたエーフィは扉を念力で開錠し、コイルを連れて部屋へと入った。
主人の姿が扉から見えたオーダイル、マニューラ、そしてクロバットの三匹は、ぱあっと明るい表情をして手を振った。
シルバーも軽く手を挙げて応えると、ガス状の身体で不安そうに浮遊しているゴーストと目が合った。
そんなゴーストにふっと笑い掛けてから扉を閉めた。
ポケモンたちの嬉しそうな顔を見ると、消沈していたシルバーの気分も幾分か安らいだ。
誰もいない隣の部屋に戻り、ベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。
濃い青色の枕に顔を埋めていると呼吸が苦しくなり、顔だけを横に向けて呟いた。

「……博士は何を考えているんだ。」

オーキド博士はシゲルが小夜に恋心を持っている事を知っている筈だ。
シゲルのオープンな恋心はその言動を見ているだけで簡単に分かる。
シゲルは小夜とテレビ通話の際、旅を共にしているというシルバーを紹介されると真っ青になった。
あの時、シルバーはシゲルから小夜の恋人なのかと遠回しに尋ねられたし、その通話の様子をオーキド博士は見ていた。


―――私は六年間分のシゲルを知ってる。


小夜が言った通り、シゲルはもう六年も前から小夜と一緒にいる。
オーキド博士は小夜とシゲルが結ばれる将来を考えていないのだろうか。
それどころか、身寄りのないシルバーに研究所の一室を贈り、小夜の傍にいるようにと言った。

「……。」

好きな女が他の男と相思相愛であるという苦しみは、シルバー自身がよく理解している。
相思相愛でなくとも、他の男に恋をしているというだけでも辛いのに。
シルバーは混乱しそうになった。
暫くベッドに突っ伏していたが、論文の最終チェックをする為に机に向かった。




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