オーキド研究所の調理室。
小夜はオーキド博士と共にその台所に立っていた。
大好きな料理をしながら、旅立ってから何があったのかをオーキド博士に説明した。
バショウと恋仲になった事。
そのバショウが小夜を解放する為に身を犠牲にして亡くなった事。
シルバーがロケット団代表取締役の息子であり、有力な情報を持ち合わせていた事。
ミュウツーと再会し、戦闘になって瀕死状態になった事。
他にも話したい事が沢山があった。
カレーの鍋を混ぜている小夜の隣では、オーキド博士が手慣れた様子で野菜に包丁を入れていた。

『博士、私やりますよ?』

「いいんじゃよ。

折角君が帰ってきたんじゃからな。」

小夜は照れ臭そうに微笑んだ。
野菜を洗い始めたオーキド博士は、小夜が此処へ身を置いていた頃を思い出した。
この研究所で勤務している研究員の食事を作ったり、ポケモンフードまで自らの手で調理してまで研究しようとする小夜の姿は、実に献身的で素晴らしかった。
コンピュータにも強く、様々な物事に対する分析能力も卓越していた。
庭を住処とするポケモンたちの膨大なデータを暗記してしまう頭脳には舌を巻いた。

「それより、そろそろシルバー君を呼んできなさい。」

『分かりました。』

小夜は調理室から出ていった。
小夜の頬笑みが以前向けられていたものと違う事に、オーキド博士は如何も釈然としなかった。
ふわりとした微笑みを見せないのは、バショウが亡くなったショックからだろう。
心の傷が癒えるには時間が掛かる。
次にあの頬笑みが見られるのは、何時になるだろうか。


一階の庭のベランダに小夜が顔を出すと、ニューラとエーフィがバトルしているのが見えた。
小夜はベランダのガラス窓を開け、赤髪の少年の後ろ姿に声を掛けた。

『シルバー!』

エーフィは待ち焦がれた小夜の声に逸早く反応し、ぽかんとするニューラを放って駆け出した。
小夜は腕を広げ、懐へ飛び込んできたエーフィを受け止めた。
軽々とエーフィを腕に抱き、よしよしと撫でながらシルバーと視線を合わせた。

『晩ごはんよ。』

「わ、分かった。」

『如何かした?』

「何でもない。」

小夜のエプロン姿に頬を染めるシルバーに、バクフーンとアリゲイツはククッと笑った。
ジョウト地方の御三家同士であるこの二匹は意気投合し、とても仲が良い。

『部屋までエーフィに案内して貰ってね。』

「ああ。」

エーフィは小夜の腕から降り、任せて!と言った。
小夜は満足げに頷くと、オーキド博士のいた調理室へ戻る為にベランダのガラス窓を閉めた。
白い壁に囲まれた長い廊下を歩いていると、バショウが親子丼を作ってくれた事を思い出した。

『美味しかったな…。』

自分にも聴こえるか分からない程の小声で呟いた。
また食べたいと願っても、今後一切叶う事はない。
調理室の扉を開くと、オーキド博士がカレーを器に小分けしていた。

「小夜?

如何したんじゃ。」

『え?』

「気付いておらんのか?

泣いておるよ。」

小夜が自分の頬を人差指でなぞると、何かが指を掠めた。
小夜の意思に反して、何時の間にか涙が溢れていた。

『ごめんなさい…私、また…。』

「謝る必要はない。」

オーキド博士は小夜の頭を撫でると、微かに震えているその身体を胸に抱き締めた。

「辛い時は泣けばよい。

君はわしの孫じゃろう、遠慮する事はない。」

オーキド博士の白衣に顔を埋め、小夜は涙を制御出来なくなった。
今日三度目の涙だった。

二人の会話を聴いていたエーフィは、扉の外でシルバーと共に立ち尽くしていた。
普段は強気なエーフィが目を伏せて俯き、涙を堪えていた。
エーフィはバショウが好きになれなかったが、小夜にとっては世界で一番大きな存在だった。
バショウが亡くなった実感がないと小夜は言ったが、それはエーフィも同じだった。
今夜にも部屋で眠っていたら、バショウが突然ネンドールと共に現れ、小夜を借りますと言ってお持ち帰りするのではないか。
そんな気がするのに、バショウはもうこの世にいない。
ネンドールですら行方不明だ。
ロケット団から解放されたという表現が使えるようになっても、小夜の心の問題は解決出来ていない。
本当の平穏が訪れるには、まだ時間が掛かりそうだ。




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