時渡り-2

ウツギ博士が姿を消すと、小夜は部屋をぐるりと見渡した。
本は半分以上片付いたが、まだ冊子体ではない資料が残っている。
それらは小夜が全て拾って元通りに分別してあるが、何処に如何置けばいいのか分からない。
ウツギ博士から指示を受けなければならないのだ。
窮屈に本が詰められていた本棚には隙間があり、まだまだ先は長い。
シルバーは脚立から降りると、ソファーへ腰を下ろした。
目の前にある机には本が山積みにされている。
机を囲うようにして散乱していた本の上に、ウツギ博士が倒した本が無造作に乗っかっていた。
シルバーは愚痴を零した。

「疲れた。

もう何時間やってるんだか。」

『まだまだかかりそうね。』

「そうだな。」

小夜はシルバーの隣に腰を下ろした。
ぎくしゃくした雰囲気は解消され、二人は自然と会話している。

『もうこの作業の繰り返し、嫌よね。』

「当然だろ。」

『うんざりよね。』

「ああ。」

『よし、よく言った。』

「?」

小夜は本の山を突然指差し、必然とシルバーの視線は其処へ向く。
その間に小夜は指差した手を青く光らせ、一振りした。
すると大量の本が青い光を纏って浮かび上がり、まるで自らの意思を持つかのように其々の在るべき本棚の場所へと素早く飛んでいった。
大量の本が部屋中を舞うように飛び交う。
それを唖然と見ていたシルバーだが、すぐに正気に戻って何が起こったのかを理解した。

「おいこらてめぇ!」

能力は使わないようにと忠告したばかりなのに。
小夜は念力で本を片付けてしまった。
シルバーはオニゴーリのような剣幕で小夜の両肩を引っ掴み、自分に向かせた。
小夜は真剣に自分の手を見つめている。

『やっぱり使えない事はないのね。』

小夜はシルバーに肩を掴まれたまま、青い光を纏わせた瞳で机に置いてある資料を見つめた。
資料は本と同じように青い光を纏って浮かび上がると、ペラペラと乾いた音を立てながら流れるように素早く本棚へ戻っていった。
こうして片付けは呆気なく終了した。

「もしかして念力が復活したのか?」

シルバーが驚いたように言ったが、小夜はシルバーに力なく凭れ込んだ。
能力の復活を期待して念力を二度使用したが、集中力と精神力を極度に消費した。
更には瞳が鈍く痛む。

『やっぱり駄目みたい…。』

「この馬鹿。」

シルバーは自分に身を預ける小夜の身体を支えるように抱き締めた。

『この程度の念力なら簡単だったのに…。』

「焦る必要はないだろ。」

『うん…ありがとう。』

小夜は力が入り難い腕を上げ、シルバーの背に回した。
その腕に驚いたシルバーは戸惑い、抱き合っている事実に胸が高鳴った。
つい最近までシルバーは小夜から恋愛対象として見られていなかった。
今後もただの友達として、ずっと旅を続けてゆくんだと思っていた。
だが小夜の言動を見ている内に、小夜がシルバーを映す瞳に変化がある事に気付いた。

『シルバー。』

「如何した?」

『ドキドキするんだけど。』

「っ、そういう事を言うな。」

シルバーは腕に一層力を込めた。
想いを伝えてきた男に向かってドキドキするなどとよく発言出来るものだ、とシルバーは感心した。
シルバーは高鳴る胸の音が小夜に聴こえてしまっているかもしれない、と羞恥が心を掠めた。

『念力で片付けちゃったけど、ウツギ博士には如何言い訳しようかな。』

「エーフィの念力とでも言えよ。」

『普通の念力では本の元の場所なんて分からないよ。』

小夜の念力だからこそ本を元の場所へと戻せたのだ。
シルバーは簡単に言ってのけた。

「エーフィが特殊だって説明したばかりだぜ?

それで通用するだろ。」

『あ、そっか。』

小夜はシルバーの腕の中でクスクス笑った。
ガラスがない窓のシャッター越しに、この雰囲気に相応しくない嵐の音が聴こえる。
だがそんな音は二人の眼中になく、ひたすらお互いの温もりを確かめ合った。
シルバーは小夜の髪を束ねて持ち、それに唇を寄せた。
この艶のある髪も柔らかな肌も、全てが大切だ。

『あ。』

「?」

『ウツギ博士が来る。』

「!!」

シルバーは即座に小夜の身体を離し、弾けるようにしてソファーから立ち上がった。
小夜もやたらと姿勢を正した。
そして、扉が開いた。

「二人共、紅茶を持ってき――って部屋が綺麗になってる?!」

あれ程散乱していた部屋が綺麗さっぱりしているではないか。
ウツギ博士は仰天し、手に持っていた盆をひっくり返しそうになった。
シルバーは真っ赤な顔で俯いていたが、ウツギ博士はそれに気付かなかった。

『昨日のせいで疲労が溜まっているかもしれないエーフィに、片付けて貰っちゃいました。』

小首を傾げながら微笑んだ小夜は、モンスターボールの入っていない腰のポケットに手でぽんぽんと触れた。
まるでエーフィのモンスターボールが其処にあるかのように見せかけたのだった。




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