時渡り

本や資料を散乱させてしまった例の部屋で、小夜とシルバー、そしてウツギ博士は着々と片付けを進めていた。
大きなベージュの四人掛けソファーの前に設置してある机の上には、ウツギ博士が積み上げた大量の本が乗っていて、ウツギ博士を囲うようにして本が散乱している。
作業用デスクの上には小夜が整理した資料がクリップで留めて纏められ、昨夜の状態のまま積んで置いてあった。

「昨日の夜はごめんね。

完全に足腰が立たなくなっちゃってね。

食事の一つや二つ、出してあげたらよかったね。」

ウツギ博士は冷や汗を掻きながら言った。
今朝には食事を出そうと二人を部屋まで呼びに行ったが、昨夜はシャワーを浴びた後にダウンしてしまった。
あの雷で完全に参ってしまっていたのだ。

『いえ、私たちこそ、この部屋をめちゃくちゃにしてしまってごめんなさい。』

窓ガラスの破片は昨夜に小夜が掃除してしまっていた。
現在はウツギ博士が机の上で本を分別し、それを小夜が脚立に乗るシルバーへと運び、シルバーが本棚へと片付ける作業を繰り返していた。
小夜はウツギ博士が分別して積み上げていた分厚い本を二十冊以上一気に持ち上げ、シルバーの元へと軽々と運んだ。

「小夜ちゃん、凄く力持ちだね。」

小夜は笑っただけで何も答えなかった。
ウツギ博士はオーキド博士から小夜の事を助手としか聴いていない。
ポケモンと人間の混血であり、且つ様々な能力を持つなどとは一切耳にしていない。
持ち前の怪力を披露してみせる小夜に、シルバーは怪訝そうに眉を寄せた。

「気を付けろよ。」

『分かってる。』

シルバーは小夜に分厚い本を持つ事に用心しろと言っただけでなく、能力を無駄に晒さないようにと遠回しに忠告したのだった。
念力が使用出来たのなら昨夜この部屋を全て片付けてしまっていたのに。
今朝小夜がそう呟き、それを聴いたシルバーは危機を感じていた。
だが現在は能力に制限が掛かっている為、簡単に晒さない筈だ。

「ところで小夜ちゃん。

如何して僕の上に雷が落ちてくるって分かったんだい?」

シルバーは本を持つ手を思わず止めた。
あの時、小夜は落雷の気配を感知し、ウツギ博士に飛び掛かった。
嵐に襲われて間もない時も、小夜は落雷を感知してシルバーたちを結界で救っている。
小夜の気配感知能力は特性のようなものであり、精神的ショックを受けている今も制限されていない。

『博士の頭上に怪しい雲があったんです。

ボーマンダに乗っている間も似たような雲から落雷するのを何度も見ていたので、もしかしたらと思って。』

「そうだったんだね。

あの時は本当に助かったよ。」

シルバーは肩の力を抜くと、本を本棚へ移動するのを再開した。
小夜が持つ本を全て本棚へ戻し終えると、小夜はウツギ博士が分別してある本を取りに行った。
延々と続くこの繰り返しに、三人は飽き飽きしていた。

「また話が変わるけど、君のエーフィは特殊な守りを張れるみたいだね。」

ウツギ博士は研究所へ入ってきた二人が余り雨水に濡れていないのを不審に思っていた。
自分なりに考察した結果、エーフィの結界に焦点を当てた。
シルバーは本を再度持ち上げる小夜を牽制するべく見つめた。

『本来ポケモンの守りは、雨や風などの天災から守るのは高難度であると言われています。

守りを張れたとしても、それは一時的でしょう。

何度も反復して使用したり長時間連続で使用する事によって、守りの成功率が低下します。

でも、私のエーフィは特殊なんです。』

そのエーフィは二人が寝泊まりした部屋に置いてあるモンスターボールの中で待機している。
ウツギ博士は手を止め、淡々と語る小夜を凝視していた。
ポケモンの進化を研究分野にするウツギ博士にとって、オーキド研究所で何年も研究を続けてきた小夜のポケモンに関する発言には非常に興味があった。
シルバーでさえも、本を手渡してくる小夜の瞳をじっと見つめていた。

『何故特殊なのかは分かっていません。』

シルバーはエーフィの結界に関して、昨夜小夜から改めて説明を受けていた。
エーフィの結界は特殊攻撃と物理攻撃の両方を防御し、跳ね返す事すら可能だ。
更にエーフィは非常に珍しい特性マジックミラーを持ち、変化技ですら跳ね返してしまうというおまけ付きである。
だがその特殊性から長時間に及ぶ連続した結界の使用にはリスクがあり、体力を激しく消耗してしまうという。

「世の中には本当に色々なポケモンが存在するんだね。

僕もまだまだ沢山研究を重ねて、沢山の事を発見したいよ。」

ウツギ博士がそう言って本の山から一冊手に取ろうとしたその時、外から落雷の音が鳴り響いた。
すっかり雷恐怖症に陥ってしまったウツギ博士は異常に慌てふためき、積み重なっていた本に腕が勢いよく当たってしまった。
時間を掛けて分別した本は、またしてもごちゃごちゃになった。

「ああ、やっちゃった…。」

小夜とシルバーは落雷の音を聴いても至って冷静で、そわそわしているのはウツギ博士だけだ。
昨日訪れた嵐はまだワカバタウンの上に健在で、二人は今日も此処へ寝泊まりさせて貰う事になりそうだ。

『大丈夫ですよ、頑張りましょう!』

拳を握ってみせた小夜に苦笑しながら、シルバーは黙々と本を片付けた。
ウツギ博士は弱々しく言った。

「僕は少し休憩しようかな…。」

『私たちは続けて片付けていますね。』

「ありがとう。」

ウツギ博士は疲労困憊の様子で二人に微笑むと、猫背でのろのろと部屋を後にした。




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