惹かれる心-3
『ん…。』
小夜は重たい瞼をゆっくりと開いた。
点いたままの電灯が眩しい。
頭を撫でられている感覚に安堵しながら、瞳に映ったのはシルバーのドアップだった。
「意外と早く起きたな。」
『…シルバー?』
「部屋に着いてからまだ二十分も経ってないぜ。」
寝起きで頭が上手く回転しない小夜が自分の腕を動かそうとすると、それはシルバーの首に回っている事に気が付いた。
普段は鋭い目付きのシルバーが至近距離で優しく見つめてくる事に堪え兼ね、再度瞳を閉じた。
触れ合うお互いの額が顔の近さを物語っている。
小夜の背にはシルバーの腕が回っていたが、腰でシルバーの片腕を踏んで圧迫してしまっていた。
『ごめん、重かった?』
薄っすらと瞳を開いた小夜は、まだ完全に覚醒していない脳内を必死に回転させようと努めた。
シルバーの首に回していた腕を解き、上半身を起こした。
「安心しろ。
重いと思った事はない。」
ロケット団に解放されてから大食漢を解禁した小夜だが、体型にまるで変化はなかった。
それは小夜の事をおぶったり抱き上げたりしているシルバーが、最も理解している。
シルバーは寝転んだままで、眠そうな小夜の腕を引いた。
「眠いなら寝ろよ。」
『うん。』
シルバーに引かれるままに、小夜は布団に身を沈めた。
隣にもう一つ敷布団が敷いてある事は、寝起きである小夜の脳内に再生されなかった。
シルバーが力強く小夜の肩を引き寄せると、お互いの額が再度触れ合った。
「抵抗なしかよ。」
『抵抗して欲しいの?』
「した方がいいぜ。」
『え?』
今日ぎくしゃくした雰囲気を醸し出してしまっただけに、シルバーとこうして触れ合っているのは小夜の心を取り乱した。
重かった瞼は徐々に開くようになり、睡眠へと落ちそうだった意識も明確になってきた。
その中でシルバーの口角が妖しく上がり、小夜は咄嗟に何かを感じ取った。
だがシルバーは小夜の両手首を掴むと布団に縫い付け、あっという間に小夜を組み敷いた。
『っ…!』
一気に覚醒して瞳を見開く小夜を、シルバーは自分が思った以上に冷静に見下ろした。
落雷とシャッターが揺れる音がやけに大きく聴こえた。
「最近まで、俺が押し倒してもお前は何とも反応しなかったのに。
…随分と変わったな。」
トキワの森で朝から纏わり付いてくる小夜を組み敷いた際は、小夜は微塵も取り乱しはしなかった。
寝惚けたままにっこりとした笑顔を浮かべていた程だった。
『シルバー、落ち着いて…。』
赤面症のシルバーがこの状況で赤面せず、冷静沈着な目で見下ろしてくるのは違和感があり過ぎる。
「突き飛ばしてくれ。」
『そんな事…。』
「そうじゃないと、本気でやばい。」
小夜は紫水晶のような瞳を揺らしながら、頬を紅潮させている。
シルバーは眉を寄せた。
「そんな顔するなよ…。」
今のシルバーにとって、小夜の切ない表情は魅惑的でしかなかった。
シルバーは小夜に顔を近付けると、赤く染まっている頬に唇を落とした。
やはり小夜の肩はピクリと跳ねた。
シルバーは頬から唇を離してもお互いの顔の距離を殆ど変えなかった。
今にも唇同士が触れ合いそうな距離で、小夜を見つめた。
「小夜…。」
名前を囁いて小夜の頬を撫でた。
すると小夜は揺れている瞳をそっと閉じ、その目尻から涙の筋が零れた。
シルバーにならキスされてもいい。
そう思っている一方で、心をじわりと浸食するのは銀髪の彼に対する罪悪感。
シルバーに対して芽生えた淡い感情を認めるのは、如何してこうも難しいのだろうか。
『…。』
唇は何時になっても降ってこなかった。
小夜が瞳を開いてシルバーの様子を覗うと、シルバーは口付け寸前の距離で堪えるように震えていた。
『…シルバー…?』
「だああああ!!
畜生っ!!」
シルバーは突如声を張り上げたかと思うと、上半身を勢いよく起き上がらせ、小夜の上から退いた。
そして小夜の隣に座り込み、がしがしと自分の赤髪を掻いた。
「てめぇ目なんか閉じて俺に期待させ…いや、何でも…ああくそっ!」
『ちょっと、今度こそ本当に落ち着いて!』
小夜も起き上がってシルバーの前に向き合って座り、頭を乱暴に掻き乱すシルバーの腕を取って阻止した。
乱心して息を取り乱すシルバーは、乱れた頭で小夜を見つめた。
小夜はシルバーの腕を下ろしてやると、ぼさぼさの髪を手櫛で整えてやる。
『もう、馬鹿ね。』
「馬鹿はお前だ。」
『馬鹿に言われたくない。』
「こっちの台詞だ。」
大人しく髪を整えて貰いながらも、シルバーは小夜を睨んでいた。
小夜は眉尻を下げて困ったように微笑み、シルバーの両頬を引っ張った。
『ほらしっかりして!』
頬の痛みに対してやけに苛立ったシルバーは、小夜の両手首を粗野に掴み、今度はシルバーが引っ張った。
小夜はバランスを崩してシルバーに倒れ込んだが、シルバーにしっかりと抱き留められた。
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