惹かれる心

ワカバタウンのウツギ研究所。
其処を拠点として研究活動を続けているウツギ博士は、不意に落雷の音を耳にした。
若手の博士である彼は短い茶髪に眼鏡を掛けていて、穏やかな雰囲気が寛大さを醸し出していた。
数少ない研究員が作業をしている研究室から出て、空がよく見える一階のベランダへと足を運んだ。
その窓から顔を覗かせると、カントー地方の方角から黒く分厚い雷雲が急速に此方へ向かっているのが見えた。

「こりゃ嵐だね。」

雷雲からは光の筋が何度も見えるし、嵐の方向へと吸い込まれるような風が吹き荒れていた。
その光の筋が現れるのと落雷の轟音はほぼ同時で、此処から嵐の距離が遠くない事が窺える。
ウツギ博士は元いた研究室へ戻り、研究所のシャッターを閉めるように研究員へ命令した。
再度ベランダまで足を運び、雷雲の様子を窺いながら、ウツギ博士自身もシャッターを慌てて閉め始めた。

「…?」

ふと何か見えた気がして、雷雲の方向へと目を凝らした。
風を斬って猛烈なスピードで飛んでくる何かがいる。
シャッターを閉めるのを一旦中断し、研究所の中に入り、双眼鏡を引っ張り出した。
オーキド研究所程は広くない庭を住処とするポケモンを観察する為に、この部屋に置いてあるものだった。
窓とベランダの境界線上で三脚を騒々しく広げてバランスを保つと、頂点に装着してある双眼鏡を腰を低くして覗き込み、最大まで拡大した。
透明な円形の何かに守るように包まれているポケモンは、青い体毛と赤い翼。
その背には人が乗っているようだ。
一人は赤髪の少年、もう一人は紫の髪の少女だった。

ウツギ博士は思い出した。
そういえば、オーキド博士から助手の話を耳にした事がある。
何故、それを今思い出したのだろうか。
実は数年前から秘密にしていた優秀な助手がいて、その助手へとヒノアラシを譲渡して欲しい。
オーキド博士からそう頼まれたのは、つい数ヶ月前だった。
数日前に彼からテレビ電話で話を聴いた時には、その助手に関する更なる情報が得られた。
彼女はこの世の者かと疑う程に容姿端麗で、腰まである紫の髪を持つ少女だという。
彼女がワカバタウンを訪ねたのなら宜しく頼む、と伝えられた。

「確か、名前は…。」

ウツギ博士が双眼鏡から覗き込むのを止めた時には雷雲は急接近していた。
突如、豪雨が研究所を襲った。
この数年で最も過酷な天気と断言してもよかった。
ウツギ博士は一部だけ閉めていたベランダのシャッターを上げて窓を全開にした。
雷雲と同様に接近するポケモンと人間に向かって、両腕を大きく振った。

「君たち、こっちだよ!!」

その間にも落雷と豪雨は続く。
落雷から逃げるようにして飛行するそのポケモンは、躊躇なく此方に向かってきた。
そのスピードに恐れ入ったウツギ博士は思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
そして、そのポケモンはウツギ博士が開け放った窓から室内へと突っ込んだ。
衝撃波で窓ガラスが数枚割れ、部屋を囲むようにして設置されていた本棚からは大量の本や資料が流れるように落下した。

『エーフィ!』

身体を小さくしてガラスに身を傷つけられずに済んだウツギ博士は、雨粒に打たれながらも、少女の声を合図に立ち上がった。
青い体毛を持つポケモンの正体はボーマンダだった。
ぐったりしたエーフィを腕に抱く世にも美しい少女と、赤髪で目付きの鋭い少年がその背から降りた。
この豪雨の中を飛行していた筈なのに、何故か二人して余り雨水に濡れていなかった。


―――ドーン!!!


至近距離で落雷の轟音がした。
研究所の中へ入ろうとしていたウツギ博士が庭の方向を振り向くと、庭から煙が上がっていた。

「僕の庭に落ちた…?!」

この庭にはワカバタウンから輩出されたポケモントレーナーによって預けられたポケモンたちが居を構えている。
皆は無事だろうか。


―――ガシッ!


「わ?!」

腰に感じた体当たりのような感触に、ウツギ博士は足元を掬われた。
衝撃を与えてきた何かと共に、草の生い茂る地表へ飛ぶようにして倒れ込んだ。
その直後の眩い光で目を固く瞑った。
続いて、至近距離で落雷の音がした。

「小夜!!」

赤髪の少年が少女の名を叫んだ。
オーキド博士が話していた助手であるその少女に、腰を掴まれて倒れ込んだ。
それをウツギ博士が理解するのには時間を要した。
すぐ隣で上半身を起こす少女を泥の付着した眼鏡越しに見てから、ウツギ博士は落雷した場所を恐る恐る窺った。
其処は先程まで自分が立っていた場所だった。
間一髪、この少女に助けられたのだ。

「…あ、あり、が…。」

動揺したウツギ博士は感謝の台詞が上手く口から出ず、完全に腰が抜けてしまった。
助けられていなければ、雷の餌食となっていた。
身体中に付着した二人の泥は、痛い程に打ち付けてくる雨粒によって洗い流されていく。
少女はウツギ博士の片腕を自分の首に回し、その身体をしっかりと支えて立ち上がった。

『ウツギ博士、大丈夫ですか?』

「き、みは…。」

『オーキド博士の助手で、小夜といいます。』

ウツギ博士は少女の優しい笑顔に心の恐怖が抜けていくのを感じた。
研究所内でエーフィを抱きながら少女を待ち構えていた少年は、少女とウツギ博士がベランダから割れた窓を通して中に入ったのを確認すると、即座にシャッターを閉め切った。




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