不自然-3

小一時間程経過すると、木の実を捜索していたボーマンダとゴルバットが森の中を歩いている二人の元へと帰還した。
ボーマンダが咥えているビニール袋は、大量のオボンの実で今にもはち切れそうだった。
二人はそれを分割してからリュックに片付け、二匹に礼を言ってからボールに戻した。

夕刻の時間まで歩き続けてから、二人とエーフィは木々に囲まれた野原で休憩に入った。
傾いた太陽に見守られながら、草の生い茂る其処に大きなレジャーシートを一つ敷いた。

『皆出ておいで!』

小夜はボーマンダとバクフーンをその場に繰り出し、それを見たシルバーも手持ちポケモン四匹を外に出してやった。
小腹が空いたシルバーはレジャーシートに腰を下ろすと、ロールパンをかじり始めた。
その隣に人一人分開けて小夜が腰を下ろした。
シルバーは思ったより近くに腰を下ろしてくれた事が素直に嬉しかった。

バクフーンが小夜のリュックからしぼんだボールを取り出し、自分の顔程の大きさに膨らませた。
ポケモンたちは全員でドッジボールを始めた。
ニューラが鉤爪で地表に線を大雑把に書き、適当に二つのグループに分かれたポケモンたちはボールを投げ合う、というより無雑作に飛ばし合う。
頭突きや念力など、何でもありのドッジボールだった。
アリゲイツが水鉄砲でボールを迎撃すると、その水鉄砲をバクフーンが慌てて避けた。

「元気な奴らだな。」

『元気なのは良い事よ?』

小夜は茜色の大空を見上げた。
何処までも広大な奥深い大空を、ポッポの群れが横切る。
この何処かにきっと彼はいる。


―――大切な人が出来たら、愛してあげて下さい。


彼は最期にそう言った。
大切な人なら沢山いる。
育ての親、幼馴染み、そして隣でパンをかじっているシルバーもかけがえのない存在だ。
その大切な人たちを愛しているのかと問われたのだとすれば、間違いなく肯定するだろう。
だが彼の言う愛するという事は、そういった意味ではない。
恋愛においての愛≠示している。
小夜はそれに気付いていた。

小夜は何も掴めないと分かっていながらも、空に手を伸ばした。
空を見上げるのは元から好きだったが、こうやって手を伸ばすのは彼が亡くなってからの癖になっていた。
少しでも彼に近付ける気がするから。

『ん?』

小夜に嫌な予感がした。
スッと瞳を細めた途端、見上げていた空の雲行きが怪しくなった。
黒い雷雲が急激に頭上へと接近してくる。

『シルバー、一雨来るかも。』

シルバーはパンを頬張りながら空を見上げた。

「本当だな。」

小夜が身体を起こし、シルバーが口を開こうとした瞬間。
バケツをひっくり返したような大粒の雨が振り始めた。

『きゃあ!』

「うわ…っ!」

快晴だった天気が一転し、台風かと思う程の豪雨が全員を打ち付けた。
ザーザーという不気味な雨音の中、炎タイプであるバクフーンの悲鳴が聴こえた。
小夜は即座にバクフーンのモンスターボールを手に取った。

『バクフーン、戻って!』

小夜はバクフーンをボールに戻してから、瞳に雨水が入りながらも再度空を見上げた。
ゴロゴロと篭った音を鳴らす分厚く黒い雲が、落雷の前兆を知らせている。
手持ちポケモンたちは天気の急変に異常を感じ、落ち着かない様子だった。

『シルバー、此処は危ない!

ワカバタウンまでボーマンダで飛びましょう!』

「飛ぶってお前…飛んでいる方が危ないんじゃないのか?!」

『木の傍にいても危ないからどっちにしろ危険よ!

ポケモンたちを今すぐ戻して!』

二人が声を張り上げても、容赦ない雨音によって掻き消されそうだった。
シルバーは手持ちの四匹全員をモンスターボールに戻したが、小夜はエーフィを戻さなかった。

「何故エーフィを戻さない?」

びしょ濡れになったレジャーシートをリュックに無理矢理詰めたシルバーが、小夜とエーフィと共にボーマンダの背に飛び乗りながら言った。
ボーマンダの背に飛び乗るのも随分と慣れたものだった。

『雷の餌食になるつもり?』

二人とエーフィが背に乗ったのを確認したボーマンダは、翼を大きく広げて助走をつけると飛び上がった。
雷雲に接近するのは極めて危険である為、木々に掠れそうな距離での低空飛行になる。
高速で飛行するボーマンダの背から吹き飛ばられないように、二人とエーフィは姿勢を低くした。
小夜がエーフィを戻さなかったのは、万一の落雷に備える為だった。
エーフィの結界は特殊だ。
長時間に渡って結界を張るのは難儀だが、雷を始め雨風まで防御する。
エーフィが強靭な結界を張るのを試みようとしたその時。
強くなかった風が全員を叩き付け、ボーマンダがバランスを崩した。
エーフィは不意を打たれてずれ落ちそうになった。
だが小夜がシルバーの片腕とエーフィの身体に素早く腕を回し、落下しないようにしっかりと支えた。
その為に小夜の両腕が塞がってしまい、暴風によって攫われていったのは、小夜の帽子だった。

『あっ、帽子が!』

帽子はあっという間に森の中へ吹き飛び、見えなくなってしまった。
小夜は居ても立っても居られなくなった。

『降りて探してくる!』

「馬鹿言うな!」

小夜はボーマンダの背から身を乗り出した。
だがシルバーが小夜の腰に腕をがっちり回し、エーフィが小夜のアウターに噛み付いて引っ張った。

『シルバーに買って貰った物なのに!』

「あんなもん幾らでも買ってやるから!

こんな天気の中で一人で別行動なんざ許さねぇぞ!」

始めて貰った物こそ思い入れがあるのだ。
そう主張しようとした小夜だが、咄嗟に察知した気配に閉口して雷雲を見上げた。


―――バチバチバチ!!!


小夜に躊躇っている時間はなかった。
目を開けていられない程の眩い光と、電流による爆音がしたのは同時だった。
シルバーとエーフィは目を固く瞑り、耳を劈くような電撃音に心臓が刳り取られる思いだった。
嵐の音は聴こえるのにも関わらず、雨風が身体に当たるのが不自然に止んだ。
シルバーがそっと目を開けると、ボーマンダを含めた全員が結界に守られていた。
全員を取り囲む薄紫の円型の結界は、微量の電気を帯びている。
暴風と雨粒までもが結界に防御されていて、この空間だけが平穏な環境と化していた。
服の裾を噛んだままのエーフィが小夜の顔を見上げると、青い光を纏う二つの瞳が其処にあった。

「俺たちに落雷したのを防いだのか…?!」

未だに制限されている能力を使用した小夜は、痛む瞳を押さえて俯いた。

『エーフィ、変わってくれる…?』

か細いその声にエーフィは何度も小刻みに頷き、小夜に早く結界を解くように言った。
小夜は結界を解くと瞳の痛みが消え、シルバーに凭れ掛かった。
その結界が消えると、再度全員を打ち付け始めた雨風はエーフィの結界によって素早く防御された。
ほっと一息吐いたシルバーは、小夜の肩を大切に抱いた。

「無理するな。」

『でもさっき私が防がなかったら、全員天国行きだったよ。』

落雷は酷いと十億ボルトにもなり、直撃すれば即死だ。
もし小夜の気配感知がなければ――。
想像するだけで、シルバーは身の毛がよだつ思いだった。

『あの帽子…気に入ってたのに。』

「また買ってやるから。」

『…ありがとう。』

シルバーの温もりとエーフィの結界は小夜の心を安堵させた。
容赦ない嵐の中、一行は早急にワカバタウンへと向かった。



2013.3.15




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