不自然-2
「アリゲイツ、ハイドロポンプ!」
大橋を降りてから森を歩いていた二人と二匹はエリートトレーナーに遭遇し、シルバーがバトルの相手をしていた。
それを遠くから観賞している間に、エーフィは小夜から昨夜の事情を訊いていた。
“ほーう、ついにシルバーがねぇ。”
告白されたと白状しても、エーフィの反応はこうだった。
豪快なハイドロポンプの音を耳にしながら、小夜は眉を寄せた。
『何よ、その反応。』
小夜はエーフィにもっと仰天した態度を取られるかと思っていた。
それなのに、エーフィはただしみじみと頷いているだけだ。
“告白されたって予想してたもん。”
エーフィは悠々と後脚で喉元を掻いた。
潮風に攫われないように帽子を押さえる小夜は、バトルに奮闘するシルバーの背中をじっと見つめた。
シルバーは相手トレーナーに一匹も倒される事なく、アリゲイツだけで三匹目と対峙している。
『シルバーにああ言って貰えて嬉しかった。
でも…聴くのが凄く怖かった。』
“如何して?”
そう問うエーフィに、小夜は弱々しく微笑んだ。
『如何してかな。』
エーフィはシルバーのバトルから視線を逸らし、小夜を見上げた。
腰まである長髪が潮風に靡いている主人は、切なげな表情でシルバーの背中を見つめている。
少々間を開けてからエーフィは言った。
“バショウ関連でしょ。”
小夜の表情が一転して無表情へと変化した。
シルバーに告白される際、小夜は恐怖を感じた。
その理由を小夜は理解していないのではないか。
そう感じたエーフィは冷静に言った。
“好きだって言葉にされるとシルバーにもっと惹かれると思ったんだね。
それがバショウに申し訳ないんだね。”
『…。』
図星だと悟ったエーフィは、再度シルバーのバトルへと視線を戻した。
アリゲイツは最後の一匹であるナッシーに苦戦しているようだ。
此方は水タイプで相手は草且つエスパータイプだ。
水タイプは草タイプに弱い。
エスパータイプというのは如何も闘い難い、とシルバーは以前から愚痴を零していた。
『惹かれてるのは認める。
でも、認めない。』
“はい?”
エーフィは呆気に取られ、苦笑した。
小夜の意地を張った発言で、エーフィの脳内に疑問符が大量発生した。
嗚呼、あのスイクンは早く小夜と再会してくれやしないだろうか。
そうすれば、小夜の混沌とした脳内も少しは纏まるだろう。
『シルバーの事、好きじゃない。
私が好きなのは一人だけだもの。』
“このお馬鹿!”
エーフィはぴしゃりと言い放ち、頬を膨らませた。
この頑固な主人は一貫して芽生え始めた気持ちを認めないつもりだ。
『馬鹿って何よ…。』
「フン、出直して来るんだな!」
シルバーの毅然とした威勢のある声が聴こえ、むきになっていた小夜は我に返った。
エリートトレーナーはしっぽを巻いて走り去っていた。
ぜーぜーと息をするアリゲイツがシルバーの方を振り向くと、シルバーは口の端を上げて僅かながら笑い掛けた。
感極まったアリゲイツはシルバーに向かって駆け出し、その懐に飛び込んだ。
「うわ…!」
シルバーがポケモンを腕に抱いているのは、小夜にもエーフィにもまだ不馴れな光景だった。
エーフィは目に飛び込んだその光景にぱちぱちと瞬きをしたが、小夜はその隣で微笑み、なるべく自然体を心掛けて話し掛けた。
『お疲れ様。』
「エスパータイプってのは困りものだぜ。」
バトルで傷ついたアリゲイツを腕に抱いたままのシルバーは、小夜の紫の瞳を見て言った。
『私にも言ってるのね。』
「そうかもな。」
アリゲイツはシルバーの腕から降りると、小夜の足元で木の実を強請った。
『ちょっと待ってね。』
小夜は腰のバッグを漁り、オボンの実を取り出した。
回復用の木の実はこれで最後だった。
『これで最後。』
「なら、飛行タイプのゴルバットに探しに行かせる。」
『じゃあボーマンダも。』
二人はお互いのポケモンを宙に放ったが、ゴルバットはシルバーの頭に止まった。
ボーマンダは普段通りに踏ん反り返り、自分の出番に鼻をふんと鳴らした。
小夜はボーマンダの大きな身体を撫でてから、ビニール袋の取手を咥えさせた。
「おい、頭に乗るな。」
『木の実を探してきて。
宜しくね。』
小夜は非常食であるチョコレートを袋から一つ取り出し、空高く投げた。
目を輝かせたボーマンダは素早く飛び上がり、それを口で見事にキャッチしてみせた。
ビニール袋を咥えたまま、器用にそれを頬張りながら飛び去った。
『ゴルバットもお願いね。』
小夜はシルバーに近寄り、その頭上にいるゴルバットにチョコレートを差し出した。
ゴルバットはそれを咥えて頷くと、ボーマンダの後を追って飛び立った。
必然的にシルバーと身体の距離が近くなり、頬を染めた小夜は顔を逸らした。
同じく頬を染めているシルバーは、傷ついたアリゲイツをボールに戻した。
「行くぜ。」
『うん。』
何だかぎくしゃくした雰囲気にエーフィは項垂れ、二人の間を歩いたのだった。
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