現実
トキワシティの中心部に位置するポケモンセンター。
その食堂で夕食の焼きそば定食を頬張るこの少女は外観と反する面が多い、とシルバーはつくづく思う。
シルバーが出逢ってすぐに想いを寄せるようになったこの少女は、華奢な身体で大量の飲食物を掻き込む。
恐ろしい程に整ったその美しい顔立ち。
人を魅了する紫水晶のような瞳。
きめ細やかで透明感のある肌。
このような魅力を持つこの少女が、心臓の動きですら許さないような殺気を振り撒くのだ。
そんな少女が頻繁に見せてくれていたふわりとした頬笑みは、一目見るだけで顔が火照ってしまう程に魅力的だ。
だがその笑みを、此処数日一切見ていなかった。
微笑んでくれるとはいえ、あの笑みとはまた違う、哀しさを奥底に秘めた微笑み。
この少女本人は勘付かれていないと思っているかもしれないが、時折見せる哀しげな表情にシルバーは気付いていた。
シルバーと視線が合った少女小夜は、頬に白いごはんを大量に詰めながらにこっと笑った。
『これおいひ…ごふっ。』
「ちゃんと飲み込め。
ほら、水だぜ。」
シルバーからコップの入った水を受け取ると、咽せた小夜はそれを流し込んだ。
だがまたすぐに白いごはんを掻き込んだ。
傍でポケモンフードを頬張るボーマンダ顔負けの食べっぷりだった。
元から沢山食べる小夜だったが、これ程までの食べっぷりが顕著になったのはロケット団に解放されて以降だ。
二人で逃げるようにして旅をしていた間は、シルバーは小夜が大食いであると気付かなかった。
昨日にカラカラの骨を見つけて以降、シルバーは小夜の落ち込みが酷いのではないかと懸念していた。
だが小夜は落ち込むどころか、空元気を炸裂させている。
夜遅くまでバクフーンと取っ組み合いをしたり、こうやって食事にがっついたり。
『シルバー、トキワシティの次はワカバタウンに行かない?』
「ワカバタウン?」
シルバーがアリゲイツを盗んだウツギ研究所がある閑静な町だ。
それを思い出したシルバーは一瞬哀しい目をしたが、小夜はそれに気付かぬ振りをした。
『ウツギ博士にバクフーンを貰ったお礼を言いたいし、ジョウトには逢いたいポケモンがいるの。』
「あいつか。」
間違いなくスイクンだろう。
ロケット団から解放されて以降、小夜は全くスイクンに逢っていない。
『トキワシティの東からトージョウの滝を通って、ワカバタウンへ行くの。』
「いいぜ。」
きっとシルバーの手持ちポケモンにもいい修行になるだろう。
ポケモンフードを食べ終わったアリゲイツはシルバーの膝に飛び乗り、机の上を密かに覗った。
焼きそばの麺が一本だけ残っているのを見てそろっと腕を伸ばしたが、シルバーに額を小突かれて未遂となってしまった。
「何だよ、まだ欲しいのか?」
シルバーが麺を器用に箸で掴むと、膝の上のアリゲイツは目を輝かせてシルバーを見つめた。
箸がアリゲイツの顔の前まで移動し、アリゲイツが大きな口を開いた。
―――ぱくり
それを口に入れたのはシルバーだった。
アリゲイツは口を開けたまま期待を裏切られ、唖然とした。
「へっ、やるかよ。」
“御主人めーっ!”
そう言ってシルバーの腰をべしべし叩くアリゲイツだが、シルバーはつんとしてそっぽを向いた。
小夜はその様子を見てふふっと笑った。
アリゲイツはシルバーに一番懐いているポケモンだ。
『ご馳走様。
エーフィ、部屋に戻ったらお風呂入ろうか。』
エーフィは嬉しそうに鳴いた。
シルバーは手持ちポケモンたちが全員ポケモンフードを食べ終わったのを確認すると、アリゲイツを膝から下ろして立ち上がった。
「俺は食後の運動をしてくる。
お前ら、行くぜ。
小夜、ボーマンダとバクフーンを貸してくれ。」
『二匹共、いいよね?』
ボーマンダとバクフーンは二匹共頷いた。
“食後の修行だ!”
そう言ったボーマンダは鼻をふんと鳴らし、バクフーンはシルバーと視線が合うとにやにやした。
その視線を振り切ったシルバーは、小夜と一緒に盆と食べ終わった皿を返却口へ持っていった。
『私はお風呂に入ってるから。
気を付けてね。』
「ああ。」
小夜はシルバーに二匹のモンスターボールを渡すと、エーフィと共に部屋へ戻っていった。
アリゲイツは仲良しのバクフーンと何か会話し始め、二匹がけらけら笑う視線の先にはシルバーの姿があった。
「何だよ。」
シルバーの恋を全力で応援するこの二匹は、小夜とシルバーがこの数日で急接近しているのを会話の話題にしていた。
夜のオーキド研究所で二人が抱き合って眠っていたのを見た時は、ポケモンたち全員が驚愕したものだ。
「お前ら二匹がにやにやして話している時は大体小夜の話題だろ。
もう分かってんだよ。」
ポケモンセンターが無料で公開しているバトルフィールドに到着した途端に、シルバーはバクフーンを対戦相手に指名し、アリゲイツと対峙させたのだった。
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