亡魂の悲鳴-4
「骨?」
其処に収められていたのはポケモンの頭蓋骨だった。
小夜は涙ぐみながら頷き、その骨を撫でた。
『怖かったね、もう大丈夫だから。』
骨を撫でる小夜の指先から記憶が流れ込んでくる。
骨の主はカラカラだった。
捕獲されたカラカラは何処か分からない施設へ連れられた。
仲間が無残にも殺され、頭蓋骨を剥ぎ取られていくのを目の当たりにした。
そして、ついに自分の順番になり――
『っ…げほっ!』
骨の主だったポケモンから凄惨な記憶を見た小夜は、強烈な吐き気に襲われた。
シルバーに背を向けて俯くと、何度も咳き込んだ。
「小夜、如何した?!
何を見た?!」
俯いて荒く息をしながら、小夜はシルバーに凭れた。
そして顔を上げ、頭蓋骨に向き合った。
シルバーは座り込んでしまった小夜の肩を強く引き寄せ、気配の主を見つめていた。
だがあの哀しみに暮れた気配はもう感じなかった。
『ずっと誰かに見つけて欲しかったのね。』
小夜は小さな頭蓋骨を手に取り、腕に抱いた。
瞳を閉じると、涙が頬を伝った。
シルバーは小声で言った。
「カラカラとガラガラの頭蓋骨は高く売れると聴いた事がある。」
『人間に殺されたのよ。
密輸されそうだったけど、トラックを運転していた人間が恐怖で取り乱して事故を起こした。
このトラックを見捨てて逃げたのね。』
小夜は腰のバッグからモンスターボールを取り出し、ボーマンダを繰り出した。
外界からのただならぬ気配を感じ取っていたボーマンダは、何時ものように自分の出番だと踏ん反り返らず、大人しくその姿を現した。
シルバーに支えられながら立ち上がった小夜は、トラックや数々の段ボール箱から離れた。
骨を大切に腕に抱えたまま、静かに命じた。
『ボーマンダ、火炎放射。』
息を深く吸い込んだボーマンダは、高威力の火炎放射を口内から放った。
みるみる内に段ボールやその中身が燃焼して姿をなくしてゆき、トラックも轟々と炎を上げた。
薄暗い森に火花が舞うのを、二人とボーマンダは黙って見つめていた。
トラックですら原型を留めていない状態まで燃焼した時、小夜は瞳を閉じた。
今なら、使える――
頭蓋骨を腕に抱いている小夜は瞳を開き、一週間以上振りに青く光らせた。
すると巨大な炎が青い光に包まれ、灰と共に空へと舞い上がって消滅していった。
その場に残ったのは、不自然に草の生えていない地面だけとなった。
『う…っ。』
小夜は瞳に片手を当てると、力なくシルバーに凭れかかった。
崩れ落ちそうになった小夜を、シルバーが力強く支えた。
「お前、能力を…。」
『まだまだ駄目みたい…。』
これ程にも集中力と精神力を使うとは。
ボーマンダが心配そうに小夜の顔を覗き込んだ。
シルバーの腕に身体を預ける小夜は、押さえていた瞳をそっと開いた。
『此処を離れましょう。』
ボーマンダが頷くと、翼を下げて乗るように催促した。
二人はその逞しい背中に乗ってその場を後にした。
二人は先程の小川まで戻った。
一時間歩いた距離も、ボーマンダの飛行ならたったの数分で到着した。
足元が覚束なかった小夜は歩行の感覚を取り戻し、骨を大事に抱いたままシルバーの力を借りずに歩いた。
二人とボーマンダが小川を沿って進むと、一際大きな巨木を発見した。
『あの木の下がいいね。』
巨木の根元まで歩いていく小夜をシルバーが後方から追った。
巨木の周りを一周した小夜が根と根に囲まれた空間を見つけると、ボーマンダに命令した。
『ボーマンダ、ドラゴンクロー。』
ボーマンダは赤い翼を羽ばたかせて宙に浮くと、勢いをつけて地面に片腕を叩き込んだ。
粉塵が舞い上がるが、それをボーマンダが翼で分散させた。
すると、其処に穴が姿を現した。
小夜はボーマンダの顎を掻いてやってから、腕にずっと抱いていた骨をその穴の中心へと置いた。
土を掛ける前に、それを撫でてやった。
『私に記憶を見せてくれてありがとう。』
―――見つけてくれて…ありがとう。
瞳を揺らしながら微笑むと、骨の主から感謝の声が聴こえた。
小夜は涙を拭い、其処に土を掛けた。
何時の間にか沢山の野生のポケモンたちが付近に集まり、その様子を見守っていた。
シルバーは傍に落ちていた木の枝を果物用のナイフで削って十字架を作り、その土に挿した。
すると五匹のピカチュウが現れ、墓の前にしゃがんでいた小夜に持ってきたものを渡した。
『これは…お花?』
摘んできてくれたようだ。
ピカチュウは小夜の頬を伝う涙を見ながら頷き、悲しげに一声鳴いた。
『ありがとう。』
小夜は花を墓へ綺麗に並べて置くと、立ち上がって何歩か下がった。
シルバーが小夜の隣にそっと寄り添い、小夜の手を握った。
小夜がシルバーの顔を見ると、シルバーは哀しげな目で頷いた。
二人はお互いの手を強く握り、花の供えられた墓に視線を注いだ。
何時の間にか沢山のポケモンたちが集まり、墓を囲うようにして立っていた。
『皆、祈りを。』
その場にいた全員が目を閉じ、その命に祈りを捧げた。
2013.3.6
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