亡魂の悲鳴-3

助けを求める悲鳴が大きくなるにつれて、小夜の身体の震えは顕著になっていった。
シルバーは自分の斜め前を足早に進む小夜を、眉を寄せて見つめた。

「大丈夫か?」

『強い哀しみを感じる。』


―――助けて、此処から救って…


止めどなく聴こえる悲鳴。
小夜は震える手でシルバーの手を握った。
シルバーには聴こえない悲哀に満ちた声は、耳を塞ぎたくなる程に悲痛なものだった。
シルバーは小夜の手を握り返した。

『近付くにつれて分かってきたけど、ポケモンの声…だと思う。』

「何のポケモンだ?」

『分からない。』

二人は手を繋ぎながら深い森を進んだ。
手を繋いでいる事に自惚れている場合ではないシルバーは、足元に注意を払いながら速足で小夜の隣を歩いた。
一時間程進むと、小夜が草影に身を潜め、シルバーを手招きした。
二人は寄り添って草影に身を隠した。

『あそこにトラックがある。』

「トラック?」

シルバーが薄暗い中で目を凝らしても、視界を邪魔するように生い茂る木々しか見えなかった。
人間以上の視力を持ち合わせる小夜の瞳には、小さな米粒程の大きさでターゲットの姿が見えていた。
大型トラックが一台転倒しており、タイヤは全てパンクしている。
周辺に舗装された道路は見当たらず、この森の木々の間を無理に走行していたようだ。
今まで感じていた気配の正体はあの中にある。

『廃車ね。

人の気配はないけど…これ以上近付くのは危険かも。』

「引き返すのか?」

『違う。

シルバーは此処で待ってて。』

「は?

お前は馬鹿か、俺も行く。」

『危ない。』

「行くと言ったら行く。」

シルバーは当惑している小夜の手を引いて歩き出した。
生温かい風に木々が騒めくように揺れ、木の葉を舞い落とす。
空気が変わった気がした。
心臓が震撼するようなその気配がシルバーの脳天を貫き、脚が動かなくなった。

「っ、今…俺にも感じた…。」

小夜と出逢ったばかりの時に殺気を振り撒かれたあの感覚とはまた違う。
背筋が凍るような感覚は同じだったが、あの殺気は恐怖、この気配は悲哀だった。
小夜のように声は聴こえなくとも、感じるその気配にシルバーの脚が震える。
小夜はこの気配を一時間以上前から感じていたというのだ。

『先に行く。

ゆっくりついてきて。』

小夜がシルバーと握り合っていた手を放し、まだ微かにしか見えないトラックへと駆け出した。

「…待てっ!」

シルバーは恐怖を振り払って駆け出し、その後を追った。
だが人間以上の運動神経を誇る小夜の脚は高速で、シルバーが追い付ける筈がない。
小夜の心にもう恐怖はなかった。
助けなければいけないという一心で、トラックに向かって走っていた。
大型トラックは横に傾いて倒れていた。
錆が進み、大量の木の葉に覆われている。
乗車席には誰の姿もないが、運転手が逃げ出したかのようにドアが不自然に開いていた。

此処まで来れば、小夜には気配の正体が何なのかを認識出来た。
シルバーの足音を耳にしながら荷室の扉を開けると、食べ物の腐敗した匂いが鼻孔を刺激した。
それでも小夜は怯まなかった。
段ボール箱が大量に沢山積まれている奥に、気配の正体がある。
段ボール箱を軽々と掴んで荷室の外に放るのを繰り返し、小夜は徐々に奥へと入っていった。

「小夜!」

トラックの傍まで到着したシルバーは、荷室から段ボール箱が放り投げられているのを見ながら息を整えた。
段ボール箱から零れているのは腐敗が進んだ野菜や果物だった。
小夜は最奥の段ボール箱を目前にすると、丁寧にそれを持ち上げて外に出た。
ガムテープと紐によって括りつけられているそれを、木の葉に覆われた地表に置いた。
シルバーは戸惑いながらも、小夜の隣へ歩き寄った。

「何が入っているんだ?」

『……。』

小夜は無言でその紐を千切り、ガムテープを剥がした。
その段ボール箱を開けると、発砲スチロールに包まれた小さな黒い段ボール箱が一つだけ姿を現した。
その側面にはR≠フ文字。

「ロケット団か…。」

小夜がそれを取り出そうと黒い箱に触れた瞬間、小夜の脳内に映像が流れ込んだ。

光一つない暗黒の洞窟だった。
其処へ突如現れた人工の大型機械が眩いライトを灯したかと思うと、その場にいたポケモンをアームで次々と捕獲していった。
仲間が捕獲されていく中、逃亡を計ろうしたそのポケモンもアームに捕えられてしまった。
その機械にはやはりR≠フ文字。

『っ!』

小夜は頭を抱えて座り込んだ。

「おい、小夜!」

『だ、大丈夫…。』

小夜は肩で深く息をした。
シルバーに背中を擦って貰いながら呼吸を整えた小夜は、深呼吸をしてから再度その黒い箱を手に取って地表に置いた。
ガムテープをゆっくり剥がし、段ボール箱の口を開いた。




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