亡魂の悲鳴-2
翌朝、先に目を覚ましたのはシルバーだった。
薪の火が消えているのを横目で確認すると、身体に何かが纏わり付いている事に気が付いた。
小夜は自分の寝袋のチャックを何時の間にか全開にし、寝袋に包まれているシルバーに身体を寄せていた。
小夜の腕が寝袋越しにシルバーに回され、小夜の温かい寝息がシルバーの首筋に吹きかかっている。
「何ていう朝だ…。」
こいつは俺に襲われたいのか。
「おい。」
寝起きで上手く出ない声を発したシルバーだが、小夜はシルバーの頬に額を擦り寄せて眠っている。
長い睫毛が頬に当たって擽ったい。
すぐ目先にある紫の長髪は艶があって、優しくて甘い匂いがする。
「お前な…俺がお前を好きだって知ってんだろ。」
自分の寝袋のチャックを開けたシルバーは、小夜の両肩を引っ掴むと、小夜の寝袋に仰向けで押し付けた。
「起きろ。」
『うう…眠いよエーフィ、後もうちょっと…。』
エーフィに起こされ慣れている小夜は、もごもごと間の抜けた事を言った。
シルバーは苛立った。
「俺はエーフィじゃねぇ!
起きねぇと襲うぞ!」
小夜は重たい瞼をゆっくりと開けた。
エーフィではなく、シルバーのドアップが小夜の視界一杯に映った。
『……おはよう、シルバー。
あれ、エーフィは?』
「少しはこの状況に取り乱しやがれ。」
シルバーはまだ寝惚けている小夜の頬にそっと唇を落とした。
その突然の行動に、小夜は焦りもせずににっこりした。
『おはようのちゅうだね、ふふ。』
「まだ寝惚けてやがる…。
やっぱりお前には腹が立つ。」
組み敷かれている状況でも取り乱さない小夜に、朝っぱらからシルバーは苛立った。
「お前、俺が好きか?」
『うん、好き。』
「ああそうかよ。」
どうせ俺はバクフーンとオーキド博士と一緒の部類なんだろ、そんな事は分かっている。
シルバーは内心でそう毒突いた。
それでも小夜の口から好き≠ニいう言葉を聴きたかった。
ただの自己満足だった。
『私、何時の間に寝袋から出たの?』
「知るか。」
シルバーは小夜の額に自分のそれをぐりぐりと擦り付けた。
目覚めの良いのか悪いのか分からない朝にされたお返しだった。
『痛いよ。』
「起きろ。」
『起きてるのに。』
シルバーは小夜を組み敷くのを止め、小夜の上から退いた。
今日は意地でもポケモンセンターへ泊まろう。
そう決断したシルバーだった。
このような朝を繰り返されると、此方の理性が持たない。
「さっさと行くぜ。
近くに川の気配があるって言っていただろ。
其処で洗顔する。」
『うん、歯磨きしたい。』
小夜はのそのそと寝袋から起き上がり、その空気を抜いて小さく畳み始めた。
薪に土を掛けて処分すると、二人は並んで歩き始めた。
トキワの森は背の高い木々に空まで覆われ、昼夜関係なく薄暗い。
足場が悪い中、小夜はうーんと背伸びをした。
『清々しい朝ね。』
「お前だけだ。」
木洩れ日が僅かに注ぐ薄暗い道を暫く進むと、川のせせらぎの音が聞こえた。
小川が現れると、二人は砂利の上に荷物を下ろして顔を洗った。
『冷たい!』
冷水によって顔が引き締まった処で、二人は小川の水をペットボトルに汲みながら歯磨きをした。
ミネラルウォーター好きなシルバーにとって、水は必須だ。
シルバーがペットボトルの口を閉めようと蓋に手を伸ばしたその時、小夜の手からペットボトルが力なく落下した。
「如何した?」
折角汲んだ水が零れてしまうが、小夜はそれを拾い上げようとしない。
見兼ねたシルバーがそれを拾うが、小夜はしゃがんだまま身体を硬直させて黙っていた。
「小夜?」
『何……これ。』
瞳を細めた小夜は、動かない身体に鞭打って立ち上がった。
『悲鳴が聴こえる。』
「悲鳴?」
心臓を震撼させるような、哀しみに満ち溢れた声。
付近を見回しても、そのような姿はない。
―――助けて、助けて、此処から出して…
「俺には聴こえないが…。」
『何処?』
小夜は瞳を閉じて悲鳴の気配を追うが、妙な違和感を覚えた。
『気配の正体が分からない。』
人間なのか、ポケモンなのか。
気配感知能力さえも衰えてしまっているのだろうか。
それともこの悲鳴の主が特殊な存在であるのか。
トキワの森の奥にその気配がある。
『行きましょう。』
「ああ。」
怯えるような小夜の様子を不審に思ったシルバーは、何も言わずについていく事にした。
小夜の第六感が当たるのは、共に旅をしてきたシルバーがよく理解しているのだ。
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